18. 健康長寿を科学する

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

18. 健康長寿を科学する 18. 健康長寿を科学する

平均寿命世界一でも健康寿命は……

鬼塚 荒川先生は現在、琉球大学で健康長寿を研究されているのですね。少し詳しく聞かせてもらえませんか?

荒川 はい、本土から沖縄に移住して、最初の研究テーマとして選んだのが健康長寿でした。2000年当時までは沖縄は日本一の長寿県で、日本は世界一の長寿国ですから、沖縄は長寿世界一の地域でした。その沖縄の長寿者でも特に100歳者になった方々を全員調査するという、個人情報保護関係などで今ではありえない沖縄県庁の調査を担当する機会に恵まれまして、計1813名の100歳者の調査を研究にまとめました。そこでは100歳者の現在の状況、過去の生活習慣、身体活動、食生活、趣味、生きがいなどをヒアリングし、それらと病気の有り無しの関係性を国際学術誌に発表したりしました。

鬼塚 日本人は長生きだと言われていますが、実際はどうなのですか?

荒川 世界保健機関(WHO)が発表した2021年最新の統計によりますと、日本人の平均寿命は84.3歳で世界一と、長寿世界一の座を守り続けています。

 一方で、ただ長生きでなく、近年注目されているのが「健康寿命」というものです。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことです。

 ここで、衝撃的な数字を紹介しますと、2015年度の世界疫病負担研究では、 平均寿命と健康寿命の差は9.3年で、日本は、調査が実施された世界131カ国中60位との報告があるのです。

 言うまでもなく、健康に、そして、活き活きと輝く日々を過ごしながら、長く生きることが大事です。平均寿命世界一を達成している日本ですが、日本の次なる課題は、生きがいある健康長寿をいかに達成するかだと思います。

荒川雅志:国立大学法人琉球大学国際地域創造学部 教授/医学博士

鬼塚 沖縄も健康長寿と思われていましたが今は最低ランクにまで下がった。その理由はなんですか?

5大長寿地域に共通する9つのルール

荒川 戦後の米軍統治下、ファーストフードに象徴される米国型食習慣が急激に入ってきて、こうした生活に幼少青年期に強くさらされた沖縄県民が、いま中高年世代になって日本一の肥満県となっています。肥満はさまざまな重とく疾患の要因であり、さらには死亡率を高めます。また、成人ひとり1台ともいわれる自動車生活の浸透によって、運動不足が起こっていることの影響もあります。

鬼塚 先生が最近監修をされたブルーゾーンという本がありますが、その考え方を教えてもらえますか?

荒川 全米ベストセラーにもなった本のタイトル、ブルーゾーンとは、100歳長寿者が特異的に多い地域を指す言葉として、各国の研究者、医師らの協力を得て世界に5つの長寿地域が特定されました。イタリアのサルデーニャ島、アメリカ・カリフォルニア州のロマリンダ、コスタリカのニコジャ半島、ギリシャのイカリア島、そして、日本の沖縄が含まれます。

 この本には、それぞれの地域の特徴的な食、身体活動、趣味嗜好などのライフスタイルが紹介されています。特徴的なライフスタイルに加え、大切にしているもの、人生に対する考え方など、5大長寿地域で共通するものを9つのルールにまとめたものでもあります。

 世界の100歳長寿者に学ぶ健康と長寿の9つのルールとは、「適度な運動を続ける」「腹八分で摂取カロリーを抑える」「植物性食品を食べる」「適度に赤ワインを飲む」「はっきりした目的意識を持つ」「人生をスローダウンする」「信仰心を持つ」「家族を最優先にする」そして「人とつながる」です。

鬼塚 そのなかでも最も重要視されているのは何ですか?

禁煙・酒を飲みすぎないよりも重要な、
人とのつながり

荒川 ブルーゾーン世界長寿者の健康と長寿9つのルールは、いずれも基本的なことで大切なことではありますが、そのなかでわたしが特に注目するのは、最後の「人とつながる」です。

 人の長寿要因は「社会とのつながり」が一番大きいことが研究報告されています。ライフスタイル別での長寿への影響を比較した結果、「社会とのつながりの種類や量が多い」「社会とのつながりを介して受け取る支援が多い」、この2つと比べて「煙草を吸わない」「アルコールを飲みすぎない」「運動する」「太りすぎない」というよくある健康習慣よりも長寿に強い関連を持っていることが明らかとなっています。

 ブルーゾーンの長寿者たちは共通して家族とのつながり、友人知人とのつながり、地域社会とのつながりが強固で、お互いに支え合うことが精神的にも安定をもたらし、ストレスを減らし、そして生きる気力となっていました。その結果として、健康長寿を手に入れたといえます。

 100歳者のことを英語では“センテナリアン”と呼びます。文字通り、センチュリー、1世紀を生き抜いた人々という意味です。ブルーゾーンの100歳長寿者が、何を食べ、何を日課にしてきたか、心がけていたことは何か。100年を過ごす中には、喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、別れも、様々な出来事があったと思います。それらをどう乗り越えてきたのか。自然と共生し、人と、地域と、どのようにつながってきたのか。1世紀をたしかに生き抜いてきた人々の、長い人生の中で培ってきた豊かな経験と知恵に触れることは大きな学びになると思います。

よりよく生きるヒントを

鬼塚 とはいっても時代はパンデミック。急に終わるとは思えません。これからはどうやって生きていけばいいでしょうか?

荒川 まだ収束が見えないコロナ禍で、自粛のストレスから解放されたい、健康で充実したライフスタイルを実現したいニーズが全世界で高まりを見せています。と同時に、これまでと違った生活様式、ニューノーマル時代が到来し、新しい働き方、生き方を求める欲求も高まっています。リモートワークが一般化し、わたしの周りでも働き方を変えた方、拠点を完全に沖縄に移し、必要なリアル対面時のみ本土に出かけるスタイルに変えた方もいました。容易に飛び回れる時代はしばらく先かもしれず、わたしたちの身近にある地域に視点がいく「地域回帰」、また、ふと立ち止まる時間ができ、生き方、人生について考える「自分回帰」「原点回帰」がおこっていくのではと思います。

 100年に1度の大災害といわれる今だからこそ、1世紀を生き抜いた人々の知恵に再注目し、そこには、ただ長生きではない、「よりよく生きる」 ためのヒント、そして、ポストコロナ時代を生き抜いていける、働き方、生き方のヒントがあるのではと考えています。

『THE BLUE ZONES 2ND EDITION』
(祥伝社)

荒川雅志(あらかわまさし)
国立大学法人琉球大学国際地域創造学部 教授/医学博士
1972年福島県生まれ。世界5大長寿地域“ブルーゾーン”沖縄100歳長寿者のライフスタイル研究、沖縄の美容と健康素材の研究で福岡大学大学院医学研究科社会医学疫学専攻修了。医学博士。日本から発信する新しいウェルネスの定義、ウェルネスSDGsなど、ウェルネス研究、ウェルネスツーリズム研究の第一人者、海洋療法学者。
全米ビジネス書ベストセラー『THE BLUE ZONE(ブルーゾーン) 2ND EDITION(セカンドエディション)世界の100歳人に学ぶ健康と長寿9つのルール』翻訳・監修者。

※インタビューは2022年11月に行われました。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

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17. 夢に邁進する「悪ガキ」を探せ

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

17. 夢に邁進する「悪ガキ」を探せ 17. 夢に邁進する「悪ガキ」を探せ

鬼塚 妹尾さんは今回書籍「世界は悪ガキを求めている」(東洋経済新報社)を上梓されましたね。そこの謳い文句が「世界最大の人材組織コンサルのヘッドハンター」となっています。どういう組織で、何をしているか軽く説明を願います。

妹尾 コーン・フェリーという米系の人材組織コンサルティング会社です。「コーン」と言うからにはトウモロコシの会社だろうとお思いになるかもしれませんが、そうではありません。Mr.コーンとMr.フェリーによって創設されたヘッドハンティングの会社です。いまではそこから発展して、広く人材育成、組織デザイン等人事全般を扱う世界最大手のコンサル会社となっています。
 私はそこで30年ほどヘッドハンティングを専門とし、最後の10年は社員150人ほどの日本法人の社長を兼任し、2年前からは特別顧問をしています。
 ヘッドハンティングという仕事は、個人の転職のお手伝いをする人材紹介業ではなく、雇用会社側に立って、特定のポジションに最適の人材を見つけて、その人を引き抜くお手伝いをするものです。以前は、「いい人を見つけてもらう」ことに期待の大半がありましたが、現在では、情報システムが発達しているので、見つけ出すこと自体よりも、見つけ出した人物がポジションに相応しいかどうかを見抜くノウハウ、選ばれた人を上手に口説き落とせるかどうか、そのあたりが腕の見せ所となっています。

妹尾輝男:コーン・フェリー元日本代表。主にグローバル・トップ企業のエグゼクティブ・クラスを対象に、ヘッドハンターとして活躍。

幸福を得られる仕事とは

鬼塚 時代は変わっているということですね。すこし意地悪な質問かもしれませんが、その人材を高給で招くと思うのですが、高給がビジネスパースンの幸福にどれだけつながりますか?

妹尾 お金と幸せに関するご質問ですね? ヘッドハンターというと、高い年収で候補者を釣るというイメージがあるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。ヘッドハントされて年収が上がるのはいわば当然の話で、それ以外の要素に大きな魅力がなければ有能なエグゼクティブは引き抜けません。私は候補者の真剣度を探るために、こんなお話をよくします。
 「もしもこのお話でご縁があった場合には、結果的に、年収は必ず上がります。ですから、お金のことは少し忘れてください。むしろ私がきょうお伺いしたいのは、○○さんは現在の仕事にワクワクしていますか、ということです」
 ビジネスパーソンにとっての幸福は、「働きがい」のある仕事をしているかどうかと大いに関係があります。

鬼塚 では、働きがいのあることで人は幸福になれますか?

妹尾 働きがいのある仕事に就くことと幸福とは大いに関係があると思います。ではいったい何が「働きがい」を創り出すのか? その仕事があなたにとってどういう「意味」があるのかを知るべきです。社会にいい影響を与える、これはまさに意味ある仕事の典型です。価値ある仕事と言ってもいいでしょう。また、意識しているかいないかは別として、多くの人が「周囲の期待に応える」ことに生きがいを感じています。
 また、社会的な価値はともかく、やっているととにかく楽しいという仕事もあるでしょう。それはあなたにとって間違いなく意味のある仕事です。集中できる、夢中になれる、時間を忘れる、ワクワクする。こうした現象は、あなたが意味のある仕事をしている証拠です。子供の頃に夢中になってやっていたことは、今思えばすべて将来の成長のために必要だった、いわば「意味のある仕事」だったのかもしれません。つまり、「やりがいのある仕事」とは学習や成長と結びついたものなのです。

悪ガキの復権が日本を輝かせる

鬼塚 話は少し戻りますが、最近、頻繁に日本では給与が上がらないとか言っていますが、これはどう解釈していますか?

妹尾 これはとても深刻な問題だと思っています。「清貧に甘んじる生き方」も個人の生き方としては悪くないのですが、国として社会として覇気を失うことは絶対によくありません。覇気のない国や社会は、人々に生き方の選択肢の幅を狭めます。最終的には、大多数の国民に「清貧に甘んじる」生き方を強制する結果となります。さらに、子孫にネガティブな贈り物を用意するという最悪の事態にもつながります。
 ではこの20~30年間、先進国中日本だけが経済も賃金も成長してこなかったのは、いったい誰のせいでしょうか?
 第一義的には、国のリーダー達の責任です。昭和的、予定調和的な立法・行政のやり方を変えることができませんでした。政治家や官僚だけでなく、経済界や学問・教育界のリーダーたちも既得権益に縛られっぱなしでした。子供だましのきれいごとがまかり通る社会を作ってしまいました。
 ですが、最終的にはこうしたリーダーにすべてを任せっきりにしたわれわれ国民一人一人が愚かだったのです。われわれ一人一人が性善説に立ったふりをして問題を先送りしてきました。周りを過剰に忖度して、正論をズバリと言う人がいなくなりました。自分の考えや好き嫌いを主張することを、何か失礼のことのように感じるようになり、競争や生存に不可欠な「アニマル・スピリット」を、野蛮なもの、気まずいものとして遠ざけました。
 こうした情けない現状を打開するために、私は「悪ガキ」の復権を訴えています。根性のひねくれた「不良」のことを指しているのではなく、夢の追求に邁進する愛すべき「悪ガキ」のことを言っているのです。

鬼塚 「悪ガキ的リーダー」が増えることで、日本はもっと輝き、表舞台に立てますか?

妹尾 はい。私はそう信じています。日本人の底力は明治維新でも戦後の経済復興でも遺憾なく発揮されました。みんなが耳に聞こえのいいきれいごとを言っている時代はダメです。黒船や原爆は金輪際ご免ですけど、事なかれ主義のリーダー達が早く引退して、アニマル・スピリットに目覚めた若い人たちがもっと活躍する日が近いことを祈っています。

本当にやりたいことを始めようか

鬼塚 60歳くらいになってまだ仕事をやりつくしていないと思う人はどうすればいいですか?

妹尾 いや逆に、ある年齢になったら「やり尽くした感」が出る、というものではないと思います。それは人によって様々なはずです。例えば、坂本龍馬は「やり尽くした感」を覚えることなく31歳で非業の死を遂げました。一方、伊能忠敬は平均寿命40歳あまりと言われた時代において、初の日本地図を作成すべく55歳で全国測量の旅に出ました。そして73歳の高齢で亡くなったとき、恐らく彼はまだ「やり尽くした感」を持っていなかったのではないかと思います。ホイットマンは、情熱を失った時が青春の終わる時だと言いましたが、学習や成長を続ける限り「やり尽くした感」はありえないと思います。

鬼塚 読者に対するアドバイスを。

妹尾 ひと言で言えば、伊能忠敬を見習え、ということになります。
 「様々な経験を経ていい感じの年齢になってきたから、さあそろそろ本当にやりたいことを始めようか」そんな気持ちになって欲しいと思います。
 心に響く言葉を大切にし、ワクワクすることを実行する。好奇心を持って、新しいことを学ぶ。自分の中に確かに成長している部分があると実感する。こうしたことを実践してほしいと思います。実は、私はもうかなりの年齢なのですが、まだまだ「ほんの若造」のつもりです。

『世界は悪ガキを求めている』
(東洋経済新報社)

妹尾輝男(せのお・てるお)
コーン・フェリー元日本代表。1975年、横浜国立大学卒業。ロンドン、バミューダ諸島、東京にて石油製品トレーディング会社に勤務した後、1988年、スタンフォード大学で経営学修士(MBA)取得。ベイン・アンド・カンパニーを経て、世界最大の人材組織コンサルティング会社コーン・フェリーに入社。同グループで30年以上、主にグローバル・トップ企業のエグゼクティブ・クラスを対象に、ヘッドハンターとして第一線で活躍。その間、日本法人社長を9年間、会長を1年間務め、現在は特別顧問。ヘッドハントしたエグゼクティブの数は400人を超える。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

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鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

鬼の学び  ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

2018年度からの新企画「鬼の学び」は、作家のエージェント業かつ劇団の主宰者で、ご自身も作家、脚本家である鬼塚忠氏に、その幅広い体験やユニークな実践から、「学び」について寄稿していただきます。

⑱ 健康長寿を科学する

健康で長生きするには「禁煙・酒を飲みすぎない」ことよりも「人とのつながり」「社会とのつながり」が大事だという。全米ベストセラー「THE BLUE ZONES 2ND EDITION」の翻訳・監修をされた荒川雅志さんが、世界の100歳長寿者から学んだ健康と長寿の9つのルールを教えてくれた。

⑰ 夢に邁進する「悪ガキ」を探せ

世界最大の人材組織コンサルティング会社で長年エグゼクティブのヘッドハンティングをしてきた妹尾さん。いい人材を口説き落とすとき、「現在の仕事にワクワクしていますか」とアプローチするという。「やりがいのある仕事」とは? 世界を変える「悪ガキ」とは? 幾つになっても好奇心を持って、新しいことを学ぶ大切さを語ってくれた。【2022年9月号】

⑯ トヨタのおもてなし

トヨタといえば、世界の誰もが認める日本の自動車メーカーである。そのトヨタのおもてなしとは、顧客へのおもてなしの心を養うことであり、顧客ファーストの哲学が徹底されているという。トヨタが経営するホテル「テラス蓼科リゾート&スパ」の元支配人である馬淵博臣氏に、自身の経験をもとに考える「究極のおもてなし」についてお話を伺った。【2022年6月号】

⑮ 激動する世界を読み解くカギ

日本では日常的に宗教を感じる機会が多くなく、民族についても見えにくい環境。しかし、その日本人が苦手な宗教と民族が世界を動かしている。元外交官で芸術文化観光専門職大学教授の山中俊之さんが、激動する世界を読み解くための知的探求心の大切さを語る。【2022年3月号】

⑭ 新聞記者に学ぶ「誰でも伝わりやすい文章を書く技術」

文章は、数字・事実・ロジック、この3つをしっかりそろえて書けば、伝わりやすいものとなる。30年にわたり第一線で活躍してきた現役の新聞記者 白鳥和生さんが、自身の失敗も含めて文章上達のコツを教えてくれた。【2021年10月号】

⑬ あらゆる「不」に商機と勝機

新型コロナで浮き彫りになった、たくさんの不便や不足。それは裏を返せば、ビジネスチャンスでもある。これまで52もの事業を立ち上げた新規事業創出の専門家 守屋実さんは、今こそ多くの人が問題解決のために一歩踏み出そうと主張する【2021年7月号】

⑫ 学びは自分を元気にしてくれる

派遣で入って10年後に、その会社の役員になる。どのように仕事をしたのか。二宮英樹さんは、「ベストな解決策を超高速で届ける」「自ら行動し、汗をかいて経験する」など、惜しみなく成功の秘訣を教えてくれた。【2021年3月号】

⑪ 人が簡単には死なない時代に

医療が高度に発達している現代に、なぜこうも新型コロナは恐れられるのか。認知症やがんは完治させることができるのか。私たちの健康と医療に関するさまざまな疑問を医学博士の奥真也氏に伺った。【2020年12月号】

⑩ ロミオとジュリエット

1968年に封切られた映画「ロミオとジュリエット」。中学生のときにこの映画を観て強い衝撃を受けた鬼塚氏は、2020年5月、原作の戯曲を現代語訳の小説にした。その過程で見つけた、映画の驚きのエピソードを披露する。【2020年8月号】

⑨ 緊急事態宣言中に学ぶこと

新型コロナウイルスの感染防止のため外出を控える日々が続く。そうした中で鬼塚氏は「幸福とはなにか」を考えた。含蓄のある老婆の言葉やお金と幸福の関係から、死ぬときに後悔しない生き方まで。ここには幸せについてのヒントが詰まっている。【2020年5月号】

⑧ 脳神経内科の名医に聞いた

人生100年時代と言われるが、長生きは誰もができるわけではない。では、その秘訣は何か。脳神経内科医の霜田里絵さんは、「画家の生き方がヒントになる」と気づく。本を著した霜田さんに詳しく話していただいた。【2020年1月号】

⑦ 大切なのは、学んだことを後世に伝えること

インターネットで検索すれば簡単に知識が手に入る時代になった。そんな時代に重要なのは「単純な知識」ではなくて、「学ぶ姿勢」ではないかと冨島佑允氏は言う。これからの生涯学習のヒントを冨島氏に伺った。【2019年10月号】

⑥ 定年博士

77歳で経営情報学の博士号を取得された吉岡憲章さん。70歳で大学院に入学しての挑戦である。なぜ、そこまでして博士号を取られたのか。その理由、研究内容、時間のやりくり、費用……。気になることを全部、鬼塚氏が聞き出した。【2019年7月号】

⑤ 人生をそろそろまとめよう。

人生を振り返り、文章にし、伝えることは意義がある。なぜなら、一人ひとりの経験には独自の価値があるからだ。では、ネットや書籍でそうした足跡を残すにはどうすればよいのか。文章のコツから出版方法まで、鬼塚氏が具体的にアドバイスする。【2019年4月号】

④ 正解のない問題に立ち向かう力

アメリカで生活するボーク重子さんの娘さんが、2017年の全米最優秀女子高校生に選ばれた。60年の歴史を誇るこの大会の審査基準は、「正解のない問題に、自分らしく立ち向かって解決していく力」だという。ボークさんに子育てとご自身の仕事について伺った。【2019年1月号】

③ 思考の幅

「知る」「考える」「思考の幅を拡げる」は、学びに備わる3つの面だと鬼塚氏はいう。知る・考えるは学校で教わるが、思考の幅の拡げ方はないがしろにされている。そこで、自身の体験や、各国の報道サイトが取り上げた大坂なおみさんの記事を例に、実践可能な思考のストレッチ方法を示す。【2018年10月号】

② 旅は学び?

今回はインドネシアのバリ島から原稿が送られてきた。若い頃から世界中を放浪した鬼塚氏は旅のよさを知り尽くしている。旅をして得られる一番のものは何か? 旅から帰ってきたら実行すべきことは? 具体的なアドバイスとともに旅に関する良書の一冊として、村上春樹氏の『遠い太鼓』をあげる。【2018年7月号】

① 生涯学習って何?

学ぶことは楽しいことなので、頑張れ! ではなく、楽しめ! がふさわしい言葉ではないかという鬼塚氏。理系だったが歴史小説を著し、歴史上の人物に討論させる劇団の公演まで行うようになったその様子を、たくさんの写真とともに紹介。「大人ならではの楽しい学びの体験」をやわらかく語る。【2018年4月号】

15. 激動する世界を読み解くカギ

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

15. 激動する世界を読み解くカギ」 15. 激動する世界を読み解くカギ

鬼塚 今回のゲストは元外交官で、現在、芸術文化観光専門職大学の教授をしている山中俊之氏です。この2月に、ダイヤモンド社より『世界の民族超入門』を上梓されましたね。売れ行きも好調なようですが、これは前作、同じ版元から出された『世界5大宗教入門』の続編という感じですか?

日本人が苦手な宗教と民族が世界を動かす

山中 お陰様で、この書籍はネット書店のアマゾンで「文化人類学」という大きな分類別でも1位になりました。今回の『世界の民族超入門』と、前回の『世界5大宗教入門』の関係は、日本人が世界で仕事をし、活躍する場合に、重要となるテーマのうち一つが宗教で、もう一つが人種を含めた民族という関係にあります。

私たちの行動は仏教の慣習などが色濃く残り、本当は宗教的な特徴を持つのが日本人の特徴です。しかし、日常的に宗教を感じる機会は、法事などを除き、多くはありません。一方で、世界の中で、多数を占めるキリスト教やイスラム教などの一神教についての理解が不足しています。

山中俊之:著述家。芸術文化観光専門職大学教授。神戸情報大学院大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。

日本人の中には、何か怪しい団体のことを、「宗教のような団体」と表現する人がいますが、これは日本的感覚です。世界では、宗教は人間の死生観を司る、すなわち死後に天国に行くのか、地獄に行くのかを司る、もっとも厳かなものです。

中には、「宗教的でない」「無宗教である」という人もいますが、宗教自体を怪しいものと捉えることはありません。これが世界の常識です。

一方、日本の中の民族は、アイヌ人や在日コリアンや外国人ビジネスパーソンなど、多くの民族の人が共存している社会であることは間違いないのですが、圧倒的に日本人による日本語の社会であるために、民族について見えにくくなっています。

また、日本には、米国ほどの人種差別が社会問題化した経験がありません。そのため、米国のBlack Lives Matter(黒人の命も重要だ)運動の高まりなどのニュースに接しても今一つピンときません。

複数の政治家が、ユダヤ人問題などで問題発言をしているのも、ユダヤ民族が背負ってきた民族の苦難の歴史を理解できていないことに起因します。

しかし、世界では、宗教も民族も一定の常識として知っておく必要があります。そのためにこの2冊を執筆させていただきました。

ウクライナとロシアはなぜ対立?

鬼塚 なるほど。この書籍は元外交官だからこんなに詳細に書けたわけですか?

山中 私は、1990年に外務省に入省して、中東の部署に配属されました。丁度イラクのクウェイト侵攻があった年で、連日中東の情報収集のために深夜までロイターなどの外電をチェックしたり、世界各国の大使館からの情報を分析したりしていました。連日激務で睡眠不足でふらふらになるほどでした。

その後、エジプトに赴任して、エジプト人家庭に2年間下宿してアラブ文化・イスラム文化を実地で体験しました。その後は英国ケンブリッジ大学で開発学を学びました。全世界から集まった留学生と文学から宇宙工学、獣医学など異分野について議論しました。自分の無知、教養のなさを痛感しました。

その後、サウジアラビアで大使館勤務を経て東京に戻ったあとに外務省を退職。民間コンサルタント、独立起業といったビジネスでの経歴を経て現在に至ります。

鬼塚 世界の民族を知るというのは、とても面白いとは思うのですが、日本人がこれを読むというのは、教養と割り切って読むのが良いですか? それとも何かいま、自分たちの住む世界と関連づけて読むのが良いですか?

山中 是非とも自分たちの住む世界と関連付けて読んでいただきたい。例えば、2022年2月現在大きな軍事的緊張になっているウクライナ問題です。

ウクライナというと、「旧ソ連の国でソ連崩壊後独立した」という知識は誰でも持っていると思います。しかし、歴史をさらにさかのぼれば、ウクライナの首都キエフは、現在のロシア正教のおおもとでもあった場所であり、9世紀末から13世紀にかけてロシア帝国の前に存在したキエフ公国は、ロシアと民族的に近いいわば兄貴分です。

「世界の民族超入門」では、モスクワが東京なら、キエフは京都、奈良のようなものと比喩的に述べていますが、それくらい両民族の関係は近接しているのです。

それだけ近いがゆえに、複雑な歴史を抱えて、近親憎悪的な面もあります。同時に、言葉や文化、宗教が近いために理解しやすい面もあるのです。

歴史や文化、宗教のバッググラウンドがなく、単に新聞やテレビ報道での現状の解説を、表面的に読むだけでは民族は理解できず、民族が理解できないと世界情勢も理解できません。

知識とそれに基づく見識が重要

鬼塚 山中さんのように、知的探求を続けるというのは素晴らしいことです。山中さんはどう、その見識を広めていますか?

山中 別に見識が広いわけではありません(苦笑)。

しかし、ケンブリッジ大学での留学経験から、幅広い知識やその知識に基づく見識が重要であるとは、心の底から思っています。

22歳で大学卒業後、博士(国際公共政策)、修士(仏教、経営、開発学)3つ、学士(芸術)1つの学位を取得していますが、いずれもケンブリッジ大学時代に認識した自らの無知への反省です。

現在はコロナで行けませんが、これまで96か国を訪問し、農村・スラムから先端企業まで徹底取材をしています。仕事の相手先や観光地に限らず、時間があればタクシーに乗って、貧民街や農村も多数訪問して取材するようにしています。

年間読書700冊、映画・海外ドラマ200本、博物館・美術館100回、演劇30回などを目標にし、知識・見識を広げるように努めています。

また、毎朝まず読むのは『New York Times』です。同紙は世界で最も影響力のあるメディアの一つです。日本のメディアと内容が全くといっていいほど違います。

現在は、コウノトリで有名な兵庫県豊岡市を拠点に「新しい地球文明のあり方」を模索しています。豊岡市は、人口減少が続く過疎地ですが、山陰ジオパークなど自然が豊かで、一旦は絶滅した野生のコウノトリが多数生息するようになるなど環境も抜群です。

産業革命以来の歴史は都市を中心に発展してきましたが、その結果人間が自然を軽視して傲慢になった面があるのではないでしょうか。気候変動問題から、環境ホルモン、コロナ感染症拡大など多くの問題は人間の傲慢さに遠因があるように思えます。

鬼塚 生涯学習情報誌の読者へ何かメッセージを!

山中 世界は激動しています。知的探求心を忘れないことで激動する世界を読み解いて、自らの仕事や生活を是非とも有意義なものにしていきましょう!

『「世界の民族」超入門』山中俊之 著(ダイヤモンド社)

『世界5大宗教入門』山中俊之 著(ダイヤモンド社)

山中俊之(やまなか・としゆき)
著述家。芸術文化観光専門職大学教授。神戸情報大学院大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。対中東外交、地球環境問題、首相通訳(アラビア語)、国連総会などを経験し、2000年に外務省を退職。2009年、稲盛和夫氏よりイナモリフェローに選出され、グローバルリーダーシップの研鑽を積む。2010年、グローバルダイナミクスを設立。激変する国際情勢を読み解きながらリーダーシップを発揮できる経営者・リーダーの育成に従事。2011年、大阪市特別顧問として橋下徹市長の改革を支援。2022年現在、世界96カ国を訪問し、先端企業から貧民街、農村、博物館・美術館を徹底視察。テレビ朝日系「ビートたけしのTVタックル」他出演。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

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14. 新聞記者に学ぶ「誰でも伝わりやすい文章を書く技術」

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

14. 新聞記者に学ぶ「誰でも伝わりやすい文章を書く技術」 14. 新聞記者に学ぶ「誰でも伝わりやすい文章を書く技術」

白鳥和生:日本経済新聞社 総合編集センター調査グループ次長

誰でも文章を書くことはできる。しかし、わかりやすい文章を書くことは容易でない。そう思われがちだが、現役の新聞記者によると、誰でも、数字・事実(ファクト)・ロジックの使い方の簡単なコツを覚えるだけで、伝わる文章を簡単に書けるという。この7月に『即!ビジネスで使える、新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)を上梓した白鳥和生氏にそのコツを聞いた。

気負わず、文章の「型」を身につける

鬼塚 私たちは日ごろ日本語を使っているはずなのに、書くとなると、なぜうまく書けないのでしょうか?

白鳥 うまく書こうという気負いがあるからではないでしょうか。パソコンを前に固まってしまった、ペンが進まずに考え込んでしまった。そんな経験を持つ人は、「うまく書かなければ」という呪縛にとらわれているのです。

私自身も学生時代の国語の成績は自慢できるものではありませでした。新聞社に入った当初は、気負いすぎて、難しい言い回しを使おうとしたり、変にテクニックに走ったり。先輩に「よくダメ出し」されたものでした。でも、場数を踏むことで、文章の「型」を身につけていきました。

文章を書く能力は生まれつきのものではありません。少しリラックスして、書き始める前に、何を伝えたいかを整理してみることが大切です。最も伝えたいポイントが決まれば、しめたもの。伝えたいポイントを最初に書き、ポイントを主張した理由や、それにまつわるエピソードを順に書いていけばよいのです。ただそれだけです。

鬼塚 多くの人はうまく書こうとしすぎなのですね。

白鳥 そうだと思います。「伝わる」とは「わかる」ということです。わからないのは、書き手が書きたいものと、読み手が読みたいものにズレがあるからです。よい文書とは、読み進めるスピードと、理解するスピードの歩調があっているもの。つまり読み返すことがないものであり、それは読み手の疑問に答えている文章だと思います。

たとえば大学生向けに「新聞記者は魅力的な職業だ」ということを訴える文章を書くとしましょう。一文目にそれを書いたら、次に「なぜ新聞記者は魅力的なのか」という読み手の疑問に答えて、「なぜなら名刺1枚で様々な人に会えたり、自分の仕事が『記事』という形で残ったりするからだ」という理由を述べます。

次に「でも、きつい仕事じゃないの」という声も聞こえてきそうですから、「確かに、大きなニュースを取材しているときは夜が遅く体力的に大変です。でも、年がら年中、そういったことは続くわけではありませんし、通常は取材のアポイントも自分の都合で調整できます」と答えます。そして「人が好き、好奇心が旺盛、社会貢献できていることを日々の仕事で実感したい人は、ぜひ、新聞記者を就職先の一つに考えてみてください」と書き進めます。

伝わる、わかる文章とは?

白鳥 伝わる、わかるとは流れがスムーズなことです。それがイコール論理的だということです。ロジカルシンキングなどといった難しいことはさておき、スムーズに理解できる文章は、流れに違和がないロジックと、客観的事実であるファクト、数字の3つがそろっています。

鬼塚 そのファクト、数字、ロジックとはなんですか?

白鳥 ファクト、数字、ロジックは新聞記事の基本です。読み手に共感してもらうための前提になるのが納得感です。文章やプレゼンテーションの内容に納得のいく情報が入っているかどうか。それがカギを握ります。納得がいく情報とは、「ファクト(客観的事実、事実関係)」にほかなりません。ファクトは理想や噂、作り話ではなく、事実に基づいたもの。合理的で主観が入り込む余地がなく、「データ」にほかならないという研究者もいます。そのようにファクトと数字(データ)は切り離せないものです。「人出が多い」という場合、1,000人とか3,000人とか具体的な数字を挙げ、前の年に比べて50%増えたなどと表現した方が、読者もイメージがつかめます。

繰り返しになりますが、ロジック、論理的とは「わかる」ということです。その文章は、最初から最後まできちんとつながっているかが重要です。わかる文章を書くためには、「過不足のない」文章を心がけることです。つまり、「なるべくシンプルに言えないか」を考えるのです。

言い換えると、わかりやすい文章を書くのは、「頑丈な家」をつくるのと同じです。まず土台を固めて柱を立てていきます。土台が結論(主張)であり、柱や梁などの構造軀体がそれぞれのファクト(客観的事実)です。ですから文章も結論を先に書く。その後に結論を補強するためのファクト、具体的には「理由」「事例」「詳細」をもってくる。理由や事例が複数あると、柱が増えて「頑丈な」文章ができあがるわけです。

鬼塚 頑丈な文章だとよく伝わるのですか?

白鳥 ファクト、数字、ロジックは、年齢や性別、国籍の違いを超えて、誰もが納得しやすい論拠です。一般に強い根拠とは、数字やデータ、出所がはっきりした調査結果、公的機関や専門家が保証した資料や発言など。こうした確かな根拠を提示できれば、自説に説得力を持たせることができます。論理的な思考には、ファクトが必要不可欠です。先入観や主観を捨てて、事実を見つめて判断する習慣をつけたいものです。

提案や企画が通る文章とは?

白鳥 簡潔でわかりやすい文章を書いているのに、提案や企画が通らない。そんな人は、自分の主張や思いを一方的に書いている場合が多いようです。「この商品には3つの特長がある」などと簡潔で論理的に書くことは重要です。とはいえ、いくら優れた特長でも、顧客がそれを必要と思うかはわかりません。
 また、「これを書いたら相手はどう思うだろうか」「こんなことを書いたら相手の気分を害するのでは」というように、自分本位ではなく、相手の感情や感覚を意識して書くことも必要です。

鬼塚 たとえばどんなふうにするのですか?

白鳥 たとえば、ニュースリリースを考えましょう。「2021年10月1日、当社はスナック菓子の新商品「ダブルパンチ」を発売いたします。この商品の特長は、消費者庁から特定保健用食品(トクホ)の許可を受け、ポテトチップスに糖分と脂肪分の吸収を抑える機能を持たせたことです。想定店頭売価は250円。ぜひ一度お取り扱いをご検討ください」という文章があります。

これはこれで成り立っていますが、「コロナ禍の巣ごもり需要で、菓子カテゴリーは堅調な売れ行きを維持しています。ただ、ドラッグストアなどディスカウント業態の台頭で、価格競争が激しく、売り上げ並びに粗利の確保に課題を抱えていると拝察します。当社が2021年10月1日に発売する「ダブルパンチ」は貴社の課題解決にお役立ちできます。新商品はポテトチップス初の特定保健用食品(トクホ)で、想定売価が250円と、既存商品に比べ100円ほど高い設定になっているからです。粗利も十分確保でき、売り場効率の改善につながります」としたらどうでしょう。

企画書などに、自社商品・サービスの特長をいくつか列挙して書けば、顧客が自分たちのニーズに合った特長に注目してくれる場合もあります。しかし、顧客自身の中でニーズが顕在化していないこともあります。事前の打ち合わせなどから課題を汲み取り、その課題の解決につながる特長をアピールすれば、顧客の心に響きやすくなります。

鬼塚 これで誰でもわかりやすい文章が書けそうですね。

白鳥 文章は読んでもらえなければ役割を果たしません。ビジネス文章はその性格上、読むのが面倒なものです。それを読んでもらわなければならないわけですから、当然、内容や書き方を考えなければなりません。論理的な文章を書く訓練で最もいいのは、他人に読んでもらうことです。会話から文章を起こしていくのも、流れがスムーズな点でわかりやすい文章を生み出す簡単な方法です。

鬼塚 ありがとうございました。

『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』白鳥和生 著(CCCメディアハウス)

白鳥和生(しろとり かずお)
日本経済新聞社 総合編集センター調査グループ次長。1990年に入社し、流通、外食、食品などの取材を長く担当。『日経MJ』デスクなどを経て、2021年から現職。2020年に博士号(総合社会文化)を取得。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

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13. あらゆる「不」に商機と勝機

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

13. あらゆる「不」に商機と勝機 13. あらゆる「不」に商機と勝機

新型コロナで浮き彫りになった、たくさんの不便や不足。それは裏を返せば、ビジネスチャンスでもある。これまで52もの事業を立ち上げた新規事業創出の専門家 守屋実さんは、今こそ多くの人が問題解決のために一歩踏み出そうと主張する。

右)守屋 実:新規事業創出の専門家

左)鬼塚 忠:作家、出版プロデューサー、劇団主宰

JAXA、JR東日本、博報堂、ラクスルなど52事業を立ち上げ、この4年間、毎年上場を果たし、上場請負人とも呼ばれている守屋実氏。実務経験を積んだら、あとは「強い意志が最も必要」と説く。そんな守屋氏に、起業のコツを聞いた。

鬼塚 まずは守屋さんのご経歴を教えてください。守屋さんって、どんな人なんですか。

守屋 私は1992年に新卒で機械部品専門商社のミスミ(現・ミスミグループ本社)に入社しました。当時では珍しかった新規事業部に配属され、独立後の現在まで30年以上、一貫して新規事業の立ち上げを手掛けています。

鬼塚 30年以上起業一本、まさに「起業のプロ」ですね。これまで幾つぐらいの事業を手がけて来られたのですか?

守屋 いま私は52歳ですが、じつは自分の年齢と同じ数だけ参画してきました。52の事業に参画した、ということです。内訳を言うと、サラリーマン時代に手がけた企業内企業の数が17で、独立起業の数が21、時間がある時に手伝った週末起業の数が14です。合計すると52になります。また、直近4年で4社の上場を果たしています。

鬼塚 計52社! しかも4年で4社の上場とはすごいですね。新規事業と聞くと、若く活気ある現場というイメージですが、実際もそうなのでしょうか?

守屋 たしかに、そういったイメージがあると思います。でも私は新規事業がうまくいく秘訣は、この事業をやりたい!と強く思っている創業者と、その事業に必要な専門家が出会うことだと思っていて、年齢を気にすることはあまりないと思います。

もちろん一人の中に、この創業者と専門家の両方の人格があればベストですが、なかなかそうはいかない。そういう場合、その分野の専門家が必要なのです。そこは仕事を極めたような年配者の知識、知見が不可欠です。私自身は新規事業の専門家としてさまざまな事業に参加していますが、50代。いい歳です(笑)。

鬼塚 熱い意志を持った創業者と専門家との出会いが大切なのですね。これまで関わられた中で、創業者と熟練した職業家タイプの組み合わせだったことはありますか?

シニア起業でも革命的製品が生まれたわけ

守屋 あります。難聴の高齢者が、テレビなどの音量を上げなくても聞き取りやすいスピーカーを開発しました。「ミライスピーカーⓇ」という商品です。創業者の佐藤和則さんが創業当時57歳。佐藤さんとともに動き出した共同創業者のエンジニアの方は60代でした。

鬼塚 還暦前後の皆さんが起業されたのですか。シニアベンチャーですね。そのスピーカーとはどんな商品なんですか?

守屋 じつは、蓄音器の技術に注目してつくられたスピーカーなのです。開発のきっかけはまったくの偶然でした。音楽療法を手がける大学の先生が「耳の遠い高齢者は、通常のオーディオスピーカーよりも蓄音機の方が聞き取りやすい」という記事を新聞に寄稿したんですね。

その記事を読んだ佐藤さんは元々技術畑の出身でしたから、「蓄音機の金属管(ラッパの部分)の曲面に秘密があるのでは」とピンときた。そこから試行錯誤を経て、100年の音の歴史を変える商品ができました。構造などの詳細はぜひサイト等で確認していただきたいと思います。

100年間変わらなかったスピーカーの形を刷新しただけでなく、聴こえなかった人が聴こえるようになる、という革命的な変化を起こした商品なんです。当初は大型で、10万円を超える高額商品でしたが、技術革新で小型化し、値段も3万円を切ることができました。会社はこのコロナ禍において、前年同月比50倍の成長を遂げています。

鬼塚 50倍! ものすごいサクセスストーリーですね。佐藤さんの原動力は一体なんだったのでしょうか。

守屋 佐藤さんがその記事を目にしたのは偶然かもしれませんが、その頃佐藤さんのお父様が難聴になり、楽しみにしていたテレビの番組が聞こえづらくなっていたそうです。音量はどんどん大きくなり、家族も大変になってくる。そんな状況をなんとか解決したい。そういう気持ちが心の底にあったんだと思います。

だからその記事を見落とさなかったし、開発にも活用することができた。そして、じつは、その思い、事業を成長へと牽引したのは、佐藤さんのあとを継いだ現社長の山地浩さんでした。山地さんは、数々の会社を経営してきたプロ経営者で50代の方です。

佐藤さんが生み、山地さんが育てた、二人の思いのリレーで、ミライスピーカーは成り立っています。

鬼塚 二人の「思い」が、いまたくさんの方を助けているんですね。なんだか胸が熱くなります。ですが、コロナ禍においてこれだけの成功をおさめる起業というのは難しいのではないでしょうか?

守屋 いえいえ、むしろ新型コロナウイルス感染症により、誰もが起業で成功できる時代が到来したと思っています。突然強いられた新たな生活様式の中で、不便を感じていたり悩みを抱えていたりする人は多いでしょう? 事業は顧客がいてこそ成立します。新たなニーズを持った顧客がこれまでの歴史の中では見られないほどたくさん生まれた今は、歴史上見られないほどにたくさんの新たな事業が求められている時期でもあるのです。

鬼塚 たしかに、新型コロナウイルスが流行し始めてもう1年以上が経ち、新しい商品やサービスがいくつも登場しましたね。ですが、それでもまだ、私生活においてもビジネスにおいても、さまざまな種類の不便や不足が溢れています。まだ機会はありますかね?

信念を持って課題解決に挑む人が未来を拓く

守屋 今の時代の起業は、その「不」の解決競争になります。不便、不足、不利益……あらゆる「不」が全世界全世代同時多発的に起きていますが、「不」が生まれたということは、必ずそこに商機と勝機が発生するということです。語弊を恐れずに言うならば、むしろ今は「チャンスの時代」だと言えます。

誰よりもはやく「不」に気づき、その解決に挑むアイデアを出し、そして実行に移す。そんな「意志あるスピード」がものをいいます。

企画や計画を机上でじっくり練ったうえでの勝負というよりは、気づきを素早く行動に移すことによる勝負です。しかも現代は、オンラインで呼びかけて人材を集められるなど、事業に必要なツールを簡単に手にできる時代です。そういった意味で、誰もが起業で成功できる時代と言える、と考えています。

鬼塚 身近に転がる「不」を見逃さずに拾い上げ、素早く動き出すことが肝要なんですね。

守屋 そういうことです。今の状況についてただただ「どうしよう」と騒いだり、「嫌だなあ、はやく元に戻ればいいのに」と愚痴を言うだけの傍観者で居続けていては、やっぱりこの競争には勝てません。言うまでもないことではありますが、既存の商品やサービスのほとんどはビフォー・コロナ時代の産物です。したがって、新しい生活に対応できず、たくさんの「不」が発生するのは当然ともいえるわけです。

たとえば、マイク付きイヤホン。いい音で音楽を聴くには適していますが、雑音をカットして打ち合せするには不向きですよね。これはそもそも、今ほど盛んにオンラインミーティングがおこなわれていなかった時代につくられた商品だからです。

こういった「不」の解決にトライするのがこれからの新規事業です。既成の価値観が覆った今こそ、「新たな事業の力」が必要となります。誰かの起業によって、コロナ禍で浮き彫りになった多くの社会問題や「不」を解決できる可能性がある。私はそんな誰かの背中を全力で押したいと思っています。

鬼塚 本日は熱いお話をありがとうございました。最後に、読者へ一言お願いします。

守屋 繰り返すようですが、現在誰もが商機と勝機をつかむ可能性を持っています。

そして、生活する日常の中で、「不」は簡単に発見することができます。これだけの機会を目の前にしながら、挑戦しないなんてもったいない。行動したもの勝ち。年齢とか性別とか関係ない。誰でも、いくつになっても、成功は常にそばにあり、それを活かすも殺すも自分次第。「挑戦したい」「この問題を解決したい」という思いがあるのなら、その意志を強く持って、ぜひ踏み出してほしい。そうした人が、混沌の中で未来を切り拓くのですから。

『起業は意志が10割』守屋実 著(講談社)

守屋 実(もりや みのる)
1969年生まれ。ミスミの新市場開発室在籍の2002年に、創業者の田口氏と新規事業専門会社エムアウトを創業。2010年に守屋実事務所を設立し新規事業創出の専門家として活動。計52の起業に参画。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

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12. 学びは自分を元気にしてくれる

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

12. 学びは自分を元気にしてくれる 12. 学びは自分を元気にしてくれる

派遣で入って10年後に、その会社の役員になる。どのように仕事をしたのか。二宮英樹さんは、「ベストな解決策を超高速で届ける」「自ら行動し、汗をかいて経験する」など、惜しみなく成功の秘訣を教えてくれた。

右)二宮英樹
株式会社オリエント代表、サイバーセキュリティ、デジタル化推進支援、事業開発コンサルティング

本日は、大手企業に派遣から入り、たった10年間でグループ会社役員にまで上り詰め、その経緯を、最近、ダイヤモンド社より『派遣で入った僕が、34歳で巨大グループ企業の役員になった小さな成功法則』を上梓した二宮英樹さんにお越しいただきました。

鬼塚 こんにちは。二宮さんは、24歳で大塚製薬に派遣として潜り込み、その後わずか10年間で、大塚グループの会社の執行役員にまで駆け上がり、その後あっさりと退職し、独立したとのことですが、にわか信じられない話です。本当ですよね。

二宮 もちろん本当です。
ヘルプデスクからのスタートでした。少し英語が出来たところから、海外とのコミュニケーションを担当しました。仕事ぶりが認められ、数ヶ月のうちに契約社員のオファーを頂きました。そこから、仕事を通じて世界中のITスキルの高いエンジニアとチームを作り、様々な課題に取り組みました。一つ波を超えると、もっと大きな波が来るように、次から次へと仕事をこなしていきました。経験を積むには最高の職場でした。

4年後に28歳でホールディングス兼任となるチャンスが巡って来ました。32歳で社員になり、IT推進室の室長補佐になりました。34歳の時にグループのサプライチェーン上の課題解決の為に、大塚倉庫の執行役員IT統括部長に着任して、年来のレガシー問題に取り組みました。3年かかりましたが問題を解決して、その後1年間のシステム稼働を見届け、問題のないことを確認してから38歳で独立しました。

仕事が速いと楽しそうに見える

鬼塚 まるで新幹線の車窓から在来線をみるようなスピードで駆け上がっていますが、その出世の秘密はなんでしょうか?

二宮 ひとえに、サポートデスクとして、多くの人の役に立ったことに尽きると思います。心がけたことは、どのような課題であっても、全力で相手にとってベストな解決策を、「超高速」で届けるよう努めたことです。

仕事が速くて、結果的に相手の期待値を超えていれば、どんな相手からも感謝され、次からもご指名頂けるようになります。みんな問題が解決されたいだけであって、解決方法はあまり問われません。自分の勝手な思いで、時間をかけて策を練っても、遅ければ、全く喜ばれることはありません。

スピードは量を捌くことを可能にし、その量は結果的に品質を押し上げます。仕事上の信頼は、結果の積み上げでしかなく、積み上げていかなければ、信頼も得られないと思います。下手なことをすると、長年かけた信頼は一瞬で崩れてしまいます。

鬼塚 何が二宮さんをそうさせたのでしょうか?

二宮 特に動機はありません。動機は思いつきませんが、仕事のコツはリズムだと思います。次から次に相談事が来ても、パンパンッと歯切れ良く仕事を消化できると、気持ち良く感じます。気分がいいと他の人からは仕事が楽しそうに見えるようです。誰も暗い人より明るい人の方が仕事を頼みたいと思うし、楽しそうな人の方と話したいと思うのと同じだと思います。

そういうリズムの循環を作って気持ち良くなった経験……ついてはその結果みんなに頼まれて、うまくできて、楽しくなっての成功体験があったからこそ、仕事のスピードアップや効率化に大変大きなモチベーションが湧いてきていたのだと思います。

一方、人に効率化を求められても、全くモチベーション上がらないのと同じように、やっぱり自分がやる気になれないと、何をやっても、気が入らないし、リズムも出ないし、うまくいかないと思います。

『派遣で入った僕が、34歳で巨大グループ企業の役員になった小さな成功法則』
(ダイヤモンド社)

変わりたいなら外部の人や知識に触れよう

鬼塚 二宮さんは、IT知識とか、特に大学とかで学んだわけでなく、自分で仕事をしながら、あるいは試行錯誤して独学のような形で学んだそうですが、ひとは忙しいと学ぶというより、業務をこなすことに必死になりがちですが、どうでしょうか?

二宮 日本人はちょっと他民族より責任感が強すぎて、与えられた仕事をこなすことに必死になってしまいがちです。多くの人は学ぶことの優先順位を下げてしまっているだけのように思います。そういうことを続けても、何も目新しい気づきはありませんし、そもそもそういう仕事はつまらない。自然と視野を狭くしていくだけです。

世の中には、驚くべき最新技術や革新的な取り組みをしている人達がいます。そういうものは、通常、組織の外にあります。日本人は、本質的に、より良いものを取り入れて、自分の血肉に変えることができることは、歴史が証明しています。明治維新や戦後の高度経済成長初期の日本人はみんなやって来ていたことだと思います。私たちのDNAにはそういったものが備わっています。

そのために、常に、外からいろんな学びを得て、取り入れることが重要です。これができないのは、だいたい無意識の習慣にハマっているだけなので、本当に変わりたいと思うなら、休んだり、外部の人間や知識に触れ、リフレッシュし、自分を強制的に切り替えていく必要があると思います。

鬼塚 それは仕事に生かすことありきで学んでいるのですか?

二宮 仕事に生かすことを考えるとスキルや知識に関心が行きがちです。仕事に生かすことだけを勉強するなら、おそらくそれでは作業員止まりです。組織や世の中は人の関係によって構成されています。何よりも人との関係が重要です。

よく見てください。経営者の方々は、全てのスキルを備えたリーダーですか? いろんな人と巧みにコミュニケーションをとり、問題を解決する能力がある人が多いのではないでしょうか。

有能なリーダーになりたいならば、専門のことばかり学ぶより、1つか2つの専門性に加え、日常的に会話する哲学的な話、最新情報、歴史、地政学、経済やファイナンス、そういった幅広いことに興味を持ったほうがいい。そうするといろんな人と会話する際に、共通の関心事を持つことができ、年齢や立場を超えて、仲良くなれます。

いろんな人と仲良くなれたら、その人たちの力を借りることができるので、結果的に、大きな仕事の課題に取り組むときに、自分一人ではできないことも、知恵や力を貸してくれることにつながります。これは仕事に限らず、生きていく上でとても大切なことだと思います。

知恵は経験が重なって初めて血肉になる

鬼塚 学び始めるのに、学力とか年齢は関係していますか?

二宮 基本的には関係ないと思います。ただ、20代の体力のある時代で、家族や守るものが少ない時に、思い切ってガムシャラに働いたり、没頭したり、突き詰めたりする行動をとれた方が、より大きな成長の糧を得られることは間違いないです。

僕は20代は年間370冊のビジネス書を読み漁って、いろんな知恵を蓄えました。初めは人脈も何もないですが、いろんなことを知ってると、生きてく中で、「あぁ、これがそういうことか!」というふうに気づくことがたくさん出てきます。

知恵は経験が重なって初めて自分の血肉になります。いろんな経験があればあるほど、人は深みが出てくるので、話のネタも増えますから、そのあとより多くの人に興味を持ってもらえるようになると思います。そういう意味では、早ければ早い方が有利であると思いますが、いつからでも始められることには変わりないのではないかと思います。

鬼塚 では最後に、これは生涯学習をテーマにする情報誌なので、その読者に学びとは何か、を短く何かアドバイスしていただけませんか?

二宮 学びとは、学んだことを生かして経験することで、自分を元気にしてくれるものだと思います。ただし、知識をためたり研究したりするばかりでは、何も生まれませんし、狙って学んだものは、試験にしか役立たないと思います。勉強するだけで成功するなら、今頃世界は成功者で溢れ、大金持ちばかりだと思います。

自ら行動し、汗をかいて経験することが何よりも大事です。何かに取り組んでいれば、学んだ知恵が役立つときはきっと現れます。そして、あるとき関心事が重なり合う仲間を見つけたとき、とても話題を共有できると思います。

そうやって楽しい経験を重ねていけば、仲間に出会い、人生が有意義になり、よりもっといろんな経験や学びをしたいという欲求に変わるのではないかと思います。

鬼塚 学びのある話でした。本日はありがとうございました。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html

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11. 人が簡単には死なない時代に

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

11. 人が簡単には死なない時代に 11. 人が簡単には死なない時代に

医療が高度に発達している現代に、なぜこうも新型コロナは恐れられるのか。認知症やがんは完治させることができるのか。私たちの健康と医療に関するさまざまな疑問を医学博士の奥真也氏に伺った。

右)奥 真也 医師、医学博士 経営学修士(MBA)

今後20年で医療はこう変わる。
医療は大きく変わり、人を苦しめた病の多くは治癒可能になり、それゆえに死生観も変わっていくという。『未来の医療年表』(講談社現代新書)の著者・奥真也先生に今後の医療について聞いた。

鬼塚 奥先生は医学博士で、このたび『未来の医療年表』を上梓しました。おめでとうございます。先生は書籍の中で「医療は完成期」を迎えつつあると言っていますがどういうことですか? とても興味あります。先生は何者かですか? という質問と一緒に答えていただけますか?

 ありがとうございます。私は、昭和最後の卒業生として、1988年に医学部を出て、放射線科の医師として働き始め、がんの研究などをしていたのですが、だんだんと個別の医療よりも社会における医学・医療のことに関心が向くようになりました。途中で、経営学修士(M BA)をとるなど、医学以外の知識も広げていくように努力しました。その後、50歳になってから、外資の製薬機会社や医療機器会社、コンサルティング会社などに勤務するなど、医療をいろいろな方向から見る機会があり、自分の中で現代医学に対する世界観が構築されてきたのだと思います。
「医療は完成期」ということですが、歴史的に、人類はコレラ、ペスト、スペイン風邪…といった感染症や、がんなどいろいろな病気を克服してきました。21世紀に入るころから、遺伝子を解析する技術が急速に発達し、人類はそれを用いて病気への理解を深め、ついには病気をほとんど治してしまうことができる「完成期」に医療を進化させたのです。

鬼塚 なるほどですね。では、なぜ完成しそうなのに、今回の新型コロナウイルスに世界はなぜこうもてこずっているのですか?

 新型コロナウイルスの「感染症としての実力」はべらぼうに凄いものではありません。そのことは私だけではなく、多くの医師に共通した印象なのだと思います。さっき挙げた「歴代の感染症」と比べると、感染者数も、死者も多くはありません。例えばペストは、当時のヨーロッパの人口を4分の1か3分の1くらいも減少させた と言われていますが、そういう病気と比べるようなものではないのです。

しかし、先進国を中心に、医療がすでに相当に発達していることを知っている人類は、こんなに医療が進んでいる現代に、感染症ぐらいでは死にたくない、医療がそのうちなんとかしてくれるだろう、と思い、その思いがゆえに、余計に恐れるという状況になっているのです。

今回、ウイルスの遺伝情報が最初の患者さんから2ヶ月も経たずに明らかになり、世界の感染の広がりの様子やさまざまな情報がインターネットで全世界をぐるぐると飛び回り、医学が進化しているがゆえの裏腹な脅威が増長することになってしまっているのです。こういう状況を捉えて、インフォデミック(情報災禍)というような言葉も使われているのは皆さんご存じだと思います。

鬼塚 なるほど。先生は書籍の中で、今後10年で医療は大幅に変わると言っています。例えば、本格的な認知症の薬も出てくる。糖尿病も治るようになる。これらは画期的な話です。その信憑性と、どういうことか説明してもらえますか?

 まず、認知症については、現在、認知症の症状進行を食い止めたり、治したりする薬の開発は世界中で活発に行われています。原因物質が何であるか、認知症という病気の本質は何かということがわかってきたということでもあり、原因物質に対処する薬は間もなく世に出てくると思われます。それが本格的な薬という意味ですが、 認知症については、まだもう一段病気のメカニズムの解明が進む必要があり、完治にはまだ時間がかかります。

糖尿病については、かつて医学者が考えていたよりも、遺伝子の関与がはるかに大きいことがわかってきています。そして、異常を起こす遺伝子の部位が特定されると、その異常部位に狙いをつけた薬を開発すればよいので、 薬を作る道筋が明らかになる、という訳です。ビッグデータの助けを借りて遺伝子の解明をさらに進めつつ、一つひとつの遺伝子異常に対応する薬を作っていく段階に入ってきていると考えています。まだ時間はかかりますが、解決への道筋は明らかです。

『未来の医療年表 10年後 の病気と健康のこと』
(講談社現代新書)

鬼塚 人類共通の敵とも言えるがんも大半は治癒可能になると主張されていますが、本当ですか?

 がんに関しては、20世紀終わりの方に進んだ技術である「分子標的薬」と、21世紀にはいってすぐに開発された「チェックポイント阻害剤」という二つの強力な武器があります。がんも糖尿病と同じく、遺伝子異常が大きな役割を占める病気なので、その異常部位を攻撃する「分子標的薬」は効果的です。これに、チェックポイント阻害剤が組み合わされて、難敵であるがんの治療が研究されています。がんは、人間が本来持っている免疫機能を「さぼらせる」というワザを持っているのですが、そのさぼらせる睡眠術のようなワザから目を醒まさせるような技術である「チェックポイント阻害剤」が有効性を発揮しているのです。

鬼塚 先生の話を信じるとかなり人の寿命は伸びそうですよね。

 そうです。人が簡単には死なない時代に入ろうとしています。寿命も当然伸びます。今や「人生100年時代」 は単なる標語ではなくなり、100歳を超えて生きる人は大勢出てきます。120歳まで生きる、ということも絵空事ではなくなってきます。そのように長く生きるからには、心身共に健康であることは、より大切になってきますよね。心身ともに健康であれば、長くなった人生を楽 しむことができます。

また、ちょっとお話ししておきたいこととして、心身が健康である、ということの意味も今後広がってきます。例えば、3次元プリンターでステーキを印刷して食べる、という技術はもう実現しました。自分と関係ない話と思われるかもしれませんが、これはカロリーもなく、硬くて噛み切れないということもないのに、食感や味、匂いなどは実際にステーキを食べるのと同じです。糖尿病によるカロリー制限や、歯の問題があっても楽しめるという訳です。こういう技術が今後いろいろ登場し、仮に体力がなくなっても、寝たきりになっても、生活を楽しめることが増えてきます。
そうなると、我々が持っている「人生観」も当然、影響を受けるのではないでしょうか。

鬼塚 ええ、そうですよね。年をとっても楽しみがいろいろあると、当然人生観は変わってくるでしょう。そうすると、死生観を含めて今と大きな違いが出てくるのでしょうか?

 人が死にたいと思うのは、自分にはもう役割もない、楽しみもない、ということなのではないでしょうか。日本人の場合には、回りに迷惑をかけたくないということもあると思いますけど。人が死にたいと思わなくなり、支える技術もある――そういう時代になる訳ですから、死生観も当然変わってくると思われます。そのような時代にあって、我々は何を目標として、どういう人生を送りたいかを、それぞれが十分に考えてみるべきではないでしょうか。ご夫婦や友人と話し合ってみるのもいいと思います。そこから新たな発見もあると思います。

健康のことは発達した医学に任せていただければ、と思います。たまに、健康のことばかり考えている方にお会いしますが、時間がもったいないと感じます。ご自分の人生を豊かにすることに専念してもらえたら、医師としてはとてもうれしく思います。

鬼塚 ありがとうございました。本日は刺激的な対談でした。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html

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10. ロミオとジュリエット

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

10. ロミオとジュリエット 10. ロミオとジュリエット

1968年に封切られた映画「ロミオとジュリエット」。中学生のときにこの映画を観て強い衝撃を受けた鬼塚氏は、2020年5月、原作の戯曲を現代語訳の小説にした。その過程で見つけた、映画の驚きのエピソードを披露する。

戯曲の舞台となった北イタリアの美しい街ヴェローナ

 コロナ禍真っ只中の今年5月20日に、シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」を現代語で小説化し、上梓させていただきました。これは、光文社が刊行する「小説で読む名作戯曲シリーズ」の中の一冊です。

 世の中には、古典の名作と呼ばれる物語が多く存在しますが、実はその中の多くが戯曲なのです。チェーホフの「桜の園」、近松門左衛門の「曽根崎心中」などなど、 時代を超え、現代にも通用する物語ですが、それらは舞台になるために書かれた戯曲です。
戯曲は役者を通して、舞台で物語を表現する形態で、内容は良くても、大掛かりなために、気軽に堪能するにはハードルが高すぎます。また戯曲のまま読むにしても容易ではありません。
そこで、これらの戯曲を、わかりやすく現代語で小説化し、できるだけ多くの方々に味わってもらおうという試みがこのシリーズの趣旨です。
この戯曲「ロミオとジュリエット」が初めて世に出たのが1595年と言われています。私が2011年に上梓した小説「花いくさ」も日本の戦国時代を描いたので、まったく同じ時期の日本とイタリアを、私は描いたことになります。何か感慨深い気持ちで作業にあたりました。

『小説で読む名作戯曲 ロミオとジュリエット』
(光文社「小説で読む名作戯曲シリーズ」) 鬼塚 忠(著) シェイクスピア原作

中世北イタリアの街を舞台とした、世界一読み継がれる恋物語。「どうしてあなたはロミオなの。モンタギューなんて名前は捨ててしまって。それが無理なら、わたしを愛すると言って。そうしたら、わたしがキャピュレットの名前を捨てるから」
14世紀、北イタリアの街・ヴェローナで、100年を超えていがみ合うキャピュレット家とモンタギュー家。仇どうしの名家にそれぞれ生まれ、一瞬で強く惹かれ合ったロミオとジュリエット。二人の情熱的な恋と、悲しい物語の行方を、小説で味わう。

 この映画の公開は1968年。既に半世紀以上も経ち、私はこの映画は何度観ていますがまったく飽きない。不思議なほどです。
 物語が起伏に富んでいること。撮影したイタリアの風景がとても美しいこと。そして、主役の二人、ロミオ (レナード・ホワイティング)とジュリエット(オリビア・ハッセー)が魅力的だからでしょう。この映画がすべての恋愛映画の出発点とさえ言われていますが、納得のいく表現です。

 この映画の背景を調べていくうちに分かったのですが、この二人は公開50年目に対談をしています。それが動画サイトで流れていました。そこでこんなことを告白しています。
ロミオ役のレナード・ホワイティングはイギリスのロンドンで生まれ育ち、英語はネイティブなはずですが、プロデューサーに言われ、撮影に入るまでの半年間、英語の発音を矯正するためにあるベテラン俳優の家に住まわされたそうです。彼は下町生まれで、柄の悪い下町の英語(コックニー)は話せても、標準的な英語を話せなかったそうです。日本でいうと、浅草生まれのシャキシャキ江戸っ子が、標準語をまったく話せないということでしょうか。

 私も20代、イギリスのロンドンで2年ほど過ごしたので、このことは肌で感じていました。イギリスは階級社会で、テレビの報道番組などで聞く標準的な英語と、下町で話す英語はまったく違います。私がイギリスに滞在していたのは1980年代後半なので、マーガレット・サッチャーが首相を務めていましたが、彼女の英語もまた違います。さらにいうと、その頃でさえ、ロンドンのサークルライン(ロンドンの山手線)の中の半分は外国人と言われていたので、彼らは母国語のなまりがはっきりありました。ロンドンではかなり多種多様な英語が使われていました。

 話はそれましたが、さらに面白いことに、このロミオ役ははじめビートルズのポール・マッカートニーを想定していたそうです。ポールはその申し出を断ったそうですが、もし受け入れたとしたら、また違った映画になったのではないでしょうか。
この映画の一つの特徴が、劇中で頻繁に流れるニーノ・ロータの作曲する音楽です。彼はイタリアを代表する映画「ゴッド・ファーザー」など哀愁漂う音楽を数多く作曲しています。映画のイメージを決定づける音楽を作ったとも言えます。
もしポールが求めに応じて主役を務めていたなら、当然のこと、劇中音楽も担当したでしょう。もしそうだとしたら、ビートルズの「ミッシェル」のような音楽になったのかなぁ、などと考えるのもまた楽しいものです。

 美しい英語が話せなかったのは、レナード・ホワイティングだけではなく、実はジュリエット役のオリビア・ハッセーも同じです。彼女はアルゼンチンで生まれ育ち、両親が離婚したため、8歳で母の母国であるイギリスに移住しています。なので英語は完璧ではなかったそうです。インタビューを聞くと、今でも多少、なまりを持って話しているように聞こえます。

 私が初めてこの映画を見たのは中学一年の頃の思春期にさしかかろうとする頃で、この映画にとにかく強い刺激を受けました。それは、正直言うと、映画の素晴らしさと同時に、妖精のようなオリビア・ハッセーが、映画の中で胸をあらわにしたことも理由の一つです。性に芽生える13歳の少年には刺激が強く、心臓が破裂しそうになったことを覚えています。そして、その後に、布施明がこのオリビア・ハッセーと結婚したというニュースが流れてきました。なぜか、軽く嫉妬しました。

 まあ、そういった個人的な思い入れ話はさておき、その後も、この映画はなぜこうも記憶に残るのだろうかとよく考えました。名作は、あとあと考えると、現実には絶対あり得ない設定となっていると気づくに至ったのです。
ロミオとジュリエットは、13歳と14歳、つまり現代でいう中学一年生と中学二年生。その二人が、出会ったその瞬間に恋に落ち、その夜にベッドを共にし、翌日の午前中には結婚します。そして、その午後にはジュリエットの親戚を殺している。そういう設定です。
映画「タイタニック」もそう。「ロッキー」もそう。 海外の名作には、現実にはあり得ない話が多い。

 私の作品も、たびたび、映画化されたり、テレビ化されたり、舞台化されたりしているのですが、こういう設定の話をプロデューサーにすると、間違いなく、「現実ではあり得ないでしょ。リアリティなさすぎ。荒唐無稽ですよ」と一蹴されるのが目に見えます。
「そういう生真面目さがあるから、日本映画はなかなか面白いものを作れないし、世界に出ていけない」と心のなかで思っていますがなかなか面と向かって言えません。むしろそのように、思ったことを素直に口に出せないことこそが、日本人であるのです。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html

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9. 緊急事態宣言中に学ぶこと

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

9. 緊急事態宣言中に学ぶこと 9. 緊急事態宣言中に学ぶこと

新型コロナウイルスの感染防止のため外出を控える日々が続く。そうした中で鬼塚氏は「幸福とはなにか」を考えた。含蓄のある老婆の言葉やお金と幸福の関係から、死ぬときに後悔しない生き方まで。ここには幸せについてのヒントが詰まっている。

閉じ込められた自宅周辺

政府の発出した緊急事態宣言のなか、この記事を書いている。
外出するのは一週間に一度の食料品の買い出し時だけだ。その時、杖をついた隣人の老婆と遭遇した。
「鬼塚さん、大変な世の中になりましたね。日本でも、これから死者がどんどん増えていくんじゃないですか。怖いわね。私は歳だから、いずれにしても、もうすぐ死ぬのよ。私は、死んだ先に天国があると思っていたけど、実は天国って、今年の 2月までのこの場所のことだったのね。いま気づきましたよ」とゆっくりとした口調で言われた。

コロナ騒動が深刻化するまでのこの場所こそが天国だった。
「まさしくその通りですね」と言うと、「死ぬまでに気づけてよかったわ」と微笑みながら、押しぐるまを押して去って行った。
人生も終わりに近づいた老婆の、まるで人生を悟ったような言葉は心に響いた。

では、幸福とはなんなのだろうか? 考えてみた。
一般的に言うと、健康とお金だろう。健康については、私は医者でないのでその議論は医者に譲るとして、ここではお金の話をしたい。コロナ禍は全世界規模での話なので国とか世界からの視点で語る。
ダニエル・ネトル著『幸福の意外な正体』という本がある。その解説の中で経済学者リチャード・イースタリンは、お金は人の健康にどのような影響を与えるのか、次のように語っている。

  • 一国の一時点での所得と幸福度には正比例の関係が見られる。
  • 国際比較で所得と幸福に関係があるにしても一国内の所得と幸福度ほど強くない。
  • 一国の時系列で見ると、国全体が豊かになっても幸福度は変わらない。
  • 所得がある一定水準に達すると幸福度との相関関係は見られなくなる。

つまり、国家が貧しいときは、収入が多ければ多いだけ幸福だ。国家間にできた貧富の差は個人の幸不幸にはさほど影響しない。国が豊かになったからと言って皆が同じだけ幸福感を得るわけでない。国が成長し、ある程度収入を得るようになると、幸福はお金にはさほど影響されないということだろう。
これを言い換えると、収入がある程度得られればある程度の幸福を得られる。しかし、それはある程度、国が裕福という前提での話ということだろう。

コロナ関連の報道番組をかじりつくように観ていて、この国の幸福の前提である、ある程度経済的に裕福であることが危うくなっているようで気が気でない。
貨幣流通量が心配だ。コロナ禍の影響で現在、世界の大半の企業と個人は深刻な手持ちの現金不足に陥る。餓死や恐慌を防ぐために各国の政府は大量の現金を企業や個人にばら撒くだろう。その額は世界で軽く1000兆円を超えると言われている。そうしなければ餓死者や自殺者が出るので異論はない。だが、このときの世界市場への大量の現金が流れる。そのとき、もしかすると国境は今のようにほぼ閉ざされ、ほとんど人の移動のない社会かもしれない。

その中で、大量のお金が供給されたとき、果たして市場はデフレになるのか、インフレになるのか、はたまたスタグフレーションになるのか誰も予想できない。それがもし、不況下での世界的スタグフレーションになれば、大量の餓死者が出るかもしれない。誰も世界経済にどのような影響を及ぼすか考えていない。これがもっとも怖いことだと思う。

もう一つ、今回のコロナ禍が巻き起こした危機で決定的になったが、すべての経済的負担を今の20代30代に負わせている。日本に高齢者が増えて、若者に年金などの社会補償を負担させ、膨れ上がる医療費を負担させ、老人たちの作ったインフラの建設国債の負担を負わされ、さらにはこのコロナの経済的負担も多くが若者の経済的負担となる。
先の老婆の話はもちろん正論に値するが、一方でその幸福は今の日本の若者を踏み台にしている。

話は少しそれるが、なぜ、いま政府はキャッシュレス化を急がないのだろうか。数年前は懸命に推進していたではないか。コロナウイルスは、人との接触、飛沫、物に付着して媒介、またはエアルゾルで感染する。
そのものを経由して感染するというところだ。人と人とを媒介するもので最も多いのはおそらく現金だろう。紙幣にしろ、硬貨にしろ、ウイルスが付着している可能性は低くない。にもかかわらず、買い物をするとき、日本ではまだまだ現金での決済が多い。現金を媒介したコロナウイルスの感染が心配される。これが恐くて仕方がない。

中国でコロナウイルスが猛威を奮っていた今年の2月、中国の中央銀行は、紙幣を紫外線照射あるいは高温消毒して7〜14日間密閉保存してから再流通させたそうだ。さらに感染のひどかった武漢では 億元の新紙幣を緊急発行したという。ほとんど現金を使わない中国がそうだから、日本ではなおさら注意すべきではないだろうか。なぜ、ウイルスが付着する恐れのある現金を問題視しないのか。
2年ほど前、日本は官民一体となって、キャッシュレス化を推進していたが、あの勢いの良かったキャンペーンとかはどうなったのだろうか。今こそ推進すべきである。

まあ、こんなことを、部屋の中に閉じこもって考えているのだけれど、これ以上書くと、不安を助長することになってはいけないのでここで止めておきたい。これが、心配症である私の杞憂で終わればいいのだが、どうだろうか。

あと幸福について、付け加えたいことがある。
大津秀一著『死ぬ時に後悔すること25』という本がある。個人的にはこの本の中に個々人の幸福を考える鍵があると思う。この書籍は、「感情に振り回された一生を過ごしたこと」など、緩和医療医が、多くの死にゆく方々から、人生で後悔した話を聞き、まとめたものただが、逆に言うと、死ぬ時に後悔することをあらかじめ知り、それを先回りして、対処することができたら、もしかすると、死ぬ時に後悔しない人生、つまり幸福な人生を送れると思うのだがいかがだろうか?

『幸福の意外な正体 〜なぜ私たちは「幸せ」を求めるのか』 (きずな出版)
ダニエル・ネトル(著) 金森重樹(監修) 山岡万里子(翻訳)
進化論、脳科学、社会学、心理学、経済学など、あらゆる分野の「幸せに関する研究結果」を紐解きながら、幸福の正体と幸せを手にするヒントを明らかに。

『死ぬときに後悔すること25』 (致知出版社)
大津秀一(著)
ほとんどの人は死を前にすると後悔をするという。終末期医療の専門家である著者が1000人を越す患者たちの吐露した「やり残したこと」を25に集約して紹介。儚くも、切ない思いが行間から滲み出てくる。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html

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