生涯学習情報誌

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

18. 健康長寿を科学する 18. 健康長寿を科学する

平均寿命世界一でも健康寿命は……

鬼塚 荒川先生は現在、琉球大学で健康長寿を研究されているのですね。少し詳しく聞かせてもらえませんか?

荒川 はい、本土から沖縄に移住して、最初の研究テーマとして選んだのが健康長寿でした。2000年当時までは沖縄は日本一の長寿県で、日本は世界一の長寿国ですから、沖縄は長寿世界一の地域でした。その沖縄の長寿者でも特に100歳者になった方々を全員調査するという、個人情報保護関係などで今ではありえない沖縄県庁の調査を担当する機会に恵まれまして、計1813名の100歳者の調査を研究にまとめました。そこでは100歳者の現在の状況、過去の生活習慣、身体活動、食生活、趣味、生きがいなどをヒアリングし、それらと病気の有り無しの関係性を国際学術誌に発表したりしました。

鬼塚 日本人は長生きだと言われていますが、実際はどうなのですか?

荒川 世界保健機関(WHO)が発表した2021年最新の統計によりますと、日本人の平均寿命は84.3歳で世界一と、長寿世界一の座を守り続けています。

 一方で、ただ長生きでなく、近年注目されているのが「健康寿命」というものです。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことです。

 ここで、衝撃的な数字を紹介しますと、2015年度の世界疫病負担研究では、 平均寿命と健康寿命の差は9.3年で、日本は、調査が実施された世界131カ国中60位との報告があるのです。

 言うまでもなく、健康に、そして、活き活きと輝く日々を過ごしながら、長く生きることが大事です。平均寿命世界一を達成している日本ですが、日本の次なる課題は、生きがいある健康長寿をいかに達成するかだと思います。

荒川雅志:国立大学法人琉球大学国際地域創造学部 教授/医学博士

鬼塚 沖縄も健康長寿と思われていましたが今は最低ランクにまで下がった。その理由はなんですか?

5大長寿地域に共通する9つのルール

荒川 戦後の米軍統治下、ファーストフードに象徴される米国型食習慣が急激に入ってきて、こうした生活に幼少青年期に強くさらされた沖縄県民が、いま中高年世代になって日本一の肥満県となっています。肥満はさまざまな重とく疾患の要因であり、さらには死亡率を高めます。また、成人ひとり1台ともいわれる自動車生活の浸透によって、運動不足が起こっていることの影響もあります。

鬼塚 先生が最近監修をされたブルーゾーンという本がありますが、その考え方を教えてもらえますか?

荒川 全米ベストセラーにもなった本のタイトル、ブルーゾーンとは、100歳長寿者が特異的に多い地域を指す言葉として、各国の研究者、医師らの協力を得て世界に5つの長寿地域が特定されました。イタリアのサルデーニャ島、アメリカ・カリフォルニア州のロマリンダ、コスタリカのニコジャ半島、ギリシャのイカリア島、そして、日本の沖縄が含まれます。

 この本には、それぞれの地域の特徴的な食、身体活動、趣味嗜好などのライフスタイルが紹介されています。特徴的なライフスタイルに加え、大切にしているもの、人生に対する考え方など、5大長寿地域で共通するものを9つのルールにまとめたものでもあります。

 世界の100歳長寿者に学ぶ健康と長寿の9つのルールとは、「適度な運動を続ける」「腹八分で摂取カロリーを抑える」「植物性食品を食べる」「適度に赤ワインを飲む」「はっきりした目的意識を持つ」「人生をスローダウンする」「信仰心を持つ」「家族を最優先にする」そして「人とつながる」です。

鬼塚 そのなかでも最も重要視されているのは何ですか?

禁煙・酒を飲みすぎないよりも重要な、
人とのつながり

荒川 ブルーゾーン世界長寿者の健康と長寿9つのルールは、いずれも基本的なことで大切なことではありますが、そのなかでわたしが特に注目するのは、最後の「人とつながる」です。

 人の長寿要因は「社会とのつながり」が一番大きいことが研究報告されています。ライフスタイル別での長寿への影響を比較した結果、「社会とのつながりの種類や量が多い」「社会とのつながりを介して受け取る支援が多い」、この2つと比べて「煙草を吸わない」「アルコールを飲みすぎない」「運動する」「太りすぎない」というよくある健康習慣よりも長寿に強い関連を持っていることが明らかとなっています。

 ブルーゾーンの長寿者たちは共通して家族とのつながり、友人知人とのつながり、地域社会とのつながりが強固で、お互いに支え合うことが精神的にも安定をもたらし、ストレスを減らし、そして生きる気力となっていました。その結果として、健康長寿を手に入れたといえます。

 100歳者のことを英語では“センテナリアン”と呼びます。文字通り、センチュリー、1世紀を生き抜いた人々という意味です。ブルーゾーンの100歳長寿者が、何を食べ、何を日課にしてきたか、心がけていたことは何か。100年を過ごす中には、喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも、別れも、様々な出来事があったと思います。それらをどう乗り越えてきたのか。自然と共生し、人と、地域と、どのようにつながってきたのか。1世紀をたしかに生き抜いてきた人々の、長い人生の中で培ってきた豊かな経験と知恵に触れることは大きな学びになると思います。

よりよく生きるヒントを

鬼塚 とはいっても時代はパンデミック。急に終わるとは思えません。これからはどうやって生きていけばいいでしょうか?

荒川 まだ収束が見えないコロナ禍で、自粛のストレスから解放されたい、健康で充実したライフスタイルを実現したいニーズが全世界で高まりを見せています。と同時に、これまでと違った生活様式、ニューノーマル時代が到来し、新しい働き方、生き方を求める欲求も高まっています。リモートワークが一般化し、わたしの周りでも働き方を変えた方、拠点を完全に沖縄に移し、必要なリアル対面時のみ本土に出かけるスタイルに変えた方もいました。容易に飛び回れる時代はしばらく先かもしれず、わたしたちの身近にある地域に視点がいく「地域回帰」、また、ふと立ち止まる時間ができ、生き方、人生について考える「自分回帰」「原点回帰」がおこっていくのではと思います。

 100年に1度の大災害といわれる今だからこそ、1世紀を生き抜いた人々の知恵に再注目し、そこには、ただ長生きではない、「よりよく生きる」 ためのヒント、そして、ポストコロナ時代を生き抜いていける、働き方、生き方のヒントがあるのではと考えています。

『THE BLUE ZONES 2ND EDITION』
(祥伝社)

荒川雅志(あらかわまさし)
国立大学法人琉球大学国際地域創造学部 教授/医学博士
1972年福島県生まれ。世界5大長寿地域“ブルーゾーン”沖縄100歳長寿者のライフスタイル研究、沖縄の美容と健康素材の研究で福岡大学大学院医学研究科社会医学疫学専攻修了。医学博士。日本から発信する新しいウェルネスの定義、ウェルネスSDGsなど、ウェルネス研究、ウェルネスツーリズム研究の第一人者、海洋療法学者。
全米ビジネス書ベストセラー『THE BLUE ZONE(ブルーゾーン) 2ND EDITION(セカンドエディション)世界の100歳人に学ぶ健康と長寿9つのルール』翻訳・監修者。

※インタビューは2022年11月に行われました。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

「鬼の学び」トップへ戻る