生涯学習情報誌

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

13. あらゆる「不」に商機と勝機 13. あらゆる「不」に商機と勝機

新型コロナで浮き彫りになった、たくさんの不便や不足。それは裏を返せば、ビジネスチャンスでもある。これまで52もの事業を立ち上げた新規事業創出の専門家 守屋実さんは、今こそ多くの人が問題解決のために一歩踏み出そうと主張する。

右)守屋 実:新規事業創出の専門家

左)鬼塚 忠:作家、出版プロデューサー、劇団主宰

JAXA、JR東日本、博報堂、ラクスルなど52事業を立ち上げ、この4年間、毎年上場を果たし、上場請負人とも呼ばれている守屋実氏。実務経験を積んだら、あとは「強い意志が最も必要」と説く。そんな守屋氏に、起業のコツを聞いた。

鬼塚 まずは守屋さんのご経歴を教えてください。守屋さんって、どんな人なんですか。

守屋 私は1992年に新卒で機械部品専門商社のミスミ(現・ミスミグループ本社)に入社しました。当時では珍しかった新規事業部に配属され、独立後の現在まで30年以上、一貫して新規事業の立ち上げを手掛けています。

鬼塚 30年以上起業一本、まさに「起業のプロ」ですね。これまで幾つぐらいの事業を手がけて来られたのですか?

守屋 いま私は52歳ですが、じつは自分の年齢と同じ数だけ参画してきました。52の事業に参画した、ということです。内訳を言うと、サラリーマン時代に手がけた企業内企業の数が17で、独立起業の数が21、時間がある時に手伝った週末起業の数が14です。合計すると52になります。また、直近4年で4社の上場を果たしています。

鬼塚 計52社! しかも4年で4社の上場とはすごいですね。新規事業と聞くと、若く活気ある現場というイメージですが、実際もそうなのでしょうか?

守屋 たしかに、そういったイメージがあると思います。でも私は新規事業がうまくいく秘訣は、この事業をやりたい!と強く思っている創業者と、その事業に必要な専門家が出会うことだと思っていて、年齢を気にすることはあまりないと思います。

もちろん一人の中に、この創業者と専門家の両方の人格があればベストですが、なかなかそうはいかない。そういう場合、その分野の専門家が必要なのです。そこは仕事を極めたような年配者の知識、知見が不可欠です。私自身は新規事業の専門家としてさまざまな事業に参加していますが、50代。いい歳です(笑)。

鬼塚 熱い意志を持った創業者と専門家との出会いが大切なのですね。これまで関わられた中で、創業者と熟練した職業家タイプの組み合わせだったことはありますか?

シニア起業でも革命的製品が生まれたわけ

守屋 あります。難聴の高齢者が、テレビなどの音量を上げなくても聞き取りやすいスピーカーを開発しました。「ミライスピーカーⓇ」という商品です。創業者の佐藤和則さんが創業当時57歳。佐藤さんとともに動き出した共同創業者のエンジニアの方は60代でした。

鬼塚 還暦前後の皆さんが起業されたのですか。シニアベンチャーですね。そのスピーカーとはどんな商品なんですか?

守屋 じつは、蓄音器の技術に注目してつくられたスピーカーなのです。開発のきっかけはまったくの偶然でした。音楽療法を手がける大学の先生が「耳の遠い高齢者は、通常のオーディオスピーカーよりも蓄音機の方が聞き取りやすい」という記事を新聞に寄稿したんですね。

その記事を読んだ佐藤さんは元々技術畑の出身でしたから、「蓄音機の金属管(ラッパの部分)の曲面に秘密があるのでは」とピンときた。そこから試行錯誤を経て、100年の音の歴史を変える商品ができました。構造などの詳細はぜひサイト等で確認していただきたいと思います。

100年間変わらなかったスピーカーの形を刷新しただけでなく、聴こえなかった人が聴こえるようになる、という革命的な変化を起こした商品なんです。当初は大型で、10万円を超える高額商品でしたが、技術革新で小型化し、値段も3万円を切ることができました。会社はこのコロナ禍において、前年同月比50倍の成長を遂げています。

鬼塚 50倍! ものすごいサクセスストーリーですね。佐藤さんの原動力は一体なんだったのでしょうか。

守屋 佐藤さんがその記事を目にしたのは偶然かもしれませんが、その頃佐藤さんのお父様が難聴になり、楽しみにしていたテレビの番組が聞こえづらくなっていたそうです。音量はどんどん大きくなり、家族も大変になってくる。そんな状況をなんとか解決したい。そういう気持ちが心の底にあったんだと思います。

だからその記事を見落とさなかったし、開発にも活用することができた。そして、じつは、その思い、事業を成長へと牽引したのは、佐藤さんのあとを継いだ現社長の山地浩さんでした。山地さんは、数々の会社を経営してきたプロ経営者で50代の方です。

佐藤さんが生み、山地さんが育てた、二人の思いのリレーで、ミライスピーカーは成り立っています。

鬼塚 二人の「思い」が、いまたくさんの方を助けているんですね。なんだか胸が熱くなります。ですが、コロナ禍においてこれだけの成功をおさめる起業というのは難しいのではないでしょうか?

守屋 いえいえ、むしろ新型コロナウイルス感染症により、誰もが起業で成功できる時代が到来したと思っています。突然強いられた新たな生活様式の中で、不便を感じていたり悩みを抱えていたりする人は多いでしょう? 事業は顧客がいてこそ成立します。新たなニーズを持った顧客がこれまでの歴史の中では見られないほどたくさん生まれた今は、歴史上見られないほどにたくさんの新たな事業が求められている時期でもあるのです。

鬼塚 たしかに、新型コロナウイルスが流行し始めてもう1年以上が経ち、新しい商品やサービスがいくつも登場しましたね。ですが、それでもまだ、私生活においてもビジネスにおいても、さまざまな種類の不便や不足が溢れています。まだ機会はありますかね?

信念を持って課題解決に挑む人が未来を拓く

守屋 今の時代の起業は、その「不」の解決競争になります。不便、不足、不利益……あらゆる「不」が全世界全世代同時多発的に起きていますが、「不」が生まれたということは、必ずそこに商機と勝機が発生するということです。語弊を恐れずに言うならば、むしろ今は「チャンスの時代」だと言えます。

誰よりもはやく「不」に気づき、その解決に挑むアイデアを出し、そして実行に移す。そんな「意志あるスピード」がものをいいます。

企画や計画を机上でじっくり練ったうえでの勝負というよりは、気づきを素早く行動に移すことによる勝負です。しかも現代は、オンラインで呼びかけて人材を集められるなど、事業に必要なツールを簡単に手にできる時代です。そういった意味で、誰もが起業で成功できる時代と言える、と考えています。

鬼塚 身近に転がる「不」を見逃さずに拾い上げ、素早く動き出すことが肝要なんですね。

守屋 そういうことです。今の状況についてただただ「どうしよう」と騒いだり、「嫌だなあ、はやく元に戻ればいいのに」と愚痴を言うだけの傍観者で居続けていては、やっぱりこの競争には勝てません。言うまでもないことではありますが、既存の商品やサービスのほとんどはビフォー・コロナ時代の産物です。したがって、新しい生活に対応できず、たくさんの「不」が発生するのは当然ともいえるわけです。

たとえば、マイク付きイヤホン。いい音で音楽を聴くには適していますが、雑音をカットして打ち合せするには不向きですよね。これはそもそも、今ほど盛んにオンラインミーティングがおこなわれていなかった時代につくられた商品だからです。

こういった「不」の解決にトライするのがこれからの新規事業です。既成の価値観が覆った今こそ、「新たな事業の力」が必要となります。誰かの起業によって、コロナ禍で浮き彫りになった多くの社会問題や「不」を解決できる可能性がある。私はそんな誰かの背中を全力で押したいと思っています。

鬼塚 本日は熱いお話をありがとうございました。最後に、読者へ一言お願いします。

守屋 繰り返すようですが、現在誰もが商機と勝機をつかむ可能性を持っています。

そして、生活する日常の中で、「不」は簡単に発見することができます。これだけの機会を目の前にしながら、挑戦しないなんてもったいない。行動したもの勝ち。年齢とか性別とか関係ない。誰でも、いくつになっても、成功は常にそばにあり、それを活かすも殺すも自分次第。「挑戦したい」「この問題を解決したい」という思いがあるのなら、その意志を強く持って、ぜひ踏み出してほしい。そうした人が、混沌の中で未来を切り拓くのですから。

『起業は意志が10割』守屋実 著(講談社)

守屋 実(もりや みのる)
1969年生まれ。ミスミの新市場開発室在籍の2002年に、創業者の田口氏と新規事業専門会社エムアウトを創業。2010年に守屋実事務所を設立し新規事業創出の専門家として活動。計52の起業に参画。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

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