生涯学習情報誌

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

9. 緊急事態宣言中に学ぶこと 9. 緊急事態宣言中に学ぶこと

新型コロナウイルスの感染防止のため外出を控える日々が続く。そうした中で鬼塚氏は「幸福とはなにか」を考えた。含蓄のある老婆の言葉やお金と幸福の関係から、死ぬときに後悔しない生き方まで。ここには幸せについてのヒントが詰まっている。

閉じ込められた自宅周辺

政府の発出した緊急事態宣言のなか、この記事を書いている。
外出するのは一週間に一度の食料品の買い出し時だけだ。その時、杖をついた隣人の老婆と遭遇した。
「鬼塚さん、大変な世の中になりましたね。日本でも、これから死者がどんどん増えていくんじゃないですか。怖いわね。私は歳だから、いずれにしても、もうすぐ死ぬのよ。私は、死んだ先に天国があると思っていたけど、実は天国って、今年の 2月までのこの場所のことだったのね。いま気づきましたよ」とゆっくりとした口調で言われた。

コロナ騒動が深刻化するまでのこの場所こそが天国だった。
「まさしくその通りですね」と言うと、「死ぬまでに気づけてよかったわ」と微笑みながら、押しぐるまを押して去って行った。
人生も終わりに近づいた老婆の、まるで人生を悟ったような言葉は心に響いた。

では、幸福とはなんなのだろうか? 考えてみた。
一般的に言うと、健康とお金だろう。健康については、私は医者でないのでその議論は医者に譲るとして、ここではお金の話をしたい。コロナ禍は全世界規模での話なので国とか世界からの視点で語る。
ダニエル・ネトル著『幸福の意外な正体』という本がある。その解説の中で経済学者リチャード・イースタリンは、お金は人の健康にどのような影響を与えるのか、次のように語っている。

  • 一国の一時点での所得と幸福度には正比例の関係が見られる。
  • 国際比較で所得と幸福に関係があるにしても一国内の所得と幸福度ほど強くない。
  • 一国の時系列で見ると、国全体が豊かになっても幸福度は変わらない。
  • 所得がある一定水準に達すると幸福度との相関関係は見られなくなる。

つまり、国家が貧しいときは、収入が多ければ多いだけ幸福だ。国家間にできた貧富の差は個人の幸不幸にはさほど影響しない。国が豊かになったからと言って皆が同じだけ幸福感を得るわけでない。国が成長し、ある程度収入を得るようになると、幸福はお金にはさほど影響されないということだろう。
これを言い換えると、収入がある程度得られればある程度の幸福を得られる。しかし、それはある程度、国が裕福という前提での話ということだろう。

コロナ関連の報道番組をかじりつくように観ていて、この国の幸福の前提である、ある程度経済的に裕福であることが危うくなっているようで気が気でない。
貨幣流通量が心配だ。コロナ禍の影響で現在、世界の大半の企業と個人は深刻な手持ちの現金不足に陥る。餓死や恐慌を防ぐために各国の政府は大量の現金を企業や個人にばら撒くだろう。その額は世界で軽く1000兆円を超えると言われている。そうしなければ餓死者や自殺者が出るので異論はない。だが、このときの世界市場への大量の現金が流れる。そのとき、もしかすると国境は今のようにほぼ閉ざされ、ほとんど人の移動のない社会かもしれない。

その中で、大量のお金が供給されたとき、果たして市場はデフレになるのか、インフレになるのか、はたまたスタグフレーションになるのか誰も予想できない。それがもし、不況下での世界的スタグフレーションになれば、大量の餓死者が出るかもしれない。誰も世界経済にどのような影響を及ぼすか考えていない。これがもっとも怖いことだと思う。

もう一つ、今回のコロナ禍が巻き起こした危機で決定的になったが、すべての経済的負担を今の20代30代に負わせている。日本に高齢者が増えて、若者に年金などの社会補償を負担させ、膨れ上がる医療費を負担させ、老人たちの作ったインフラの建設国債の負担を負わされ、さらにはこのコロナの経済的負担も多くが若者の経済的負担となる。
先の老婆の話はもちろん正論に値するが、一方でその幸福は今の日本の若者を踏み台にしている。

話は少しそれるが、なぜ、いま政府はキャッシュレス化を急がないのだろうか。数年前は懸命に推進していたではないか。コロナウイルスは、人との接触、飛沫、物に付着して媒介、またはエアルゾルで感染する。
そのものを経由して感染するというところだ。人と人とを媒介するもので最も多いのはおそらく現金だろう。紙幣にしろ、硬貨にしろ、ウイルスが付着している可能性は低くない。にもかかわらず、買い物をするとき、日本ではまだまだ現金での決済が多い。現金を媒介したコロナウイルスの感染が心配される。これが恐くて仕方がない。

中国でコロナウイルスが猛威を奮っていた今年の2月、中国の中央銀行は、紙幣を紫外線照射あるいは高温消毒して7〜14日間密閉保存してから再流通させたそうだ。さらに感染のひどかった武漢では 億元の新紙幣を緊急発行したという。ほとんど現金を使わない中国がそうだから、日本ではなおさら注意すべきではないだろうか。なぜ、ウイルスが付着する恐れのある現金を問題視しないのか。
2年ほど前、日本は官民一体となって、キャッシュレス化を推進していたが、あの勢いの良かったキャンペーンとかはどうなったのだろうか。今こそ推進すべきである。

まあ、こんなことを、部屋の中に閉じこもって考えているのだけれど、これ以上書くと、不安を助長することになってはいけないのでここで止めておきたい。これが、心配症である私の杞憂で終わればいいのだが、どうだろうか。

あと幸福について、付け加えたいことがある。
大津秀一著『死ぬ時に後悔すること25』という本がある。個人的にはこの本の中に個々人の幸福を考える鍵があると思う。この書籍は、「感情に振り回された一生を過ごしたこと」など、緩和医療医が、多くの死にゆく方々から、人生で後悔した話を聞き、まとめたものただが、逆に言うと、死ぬ時に後悔することをあらかじめ知り、それを先回りして、対処することができたら、もしかすると、死ぬ時に後悔しない人生、つまり幸福な人生を送れると思うのだがいかがだろうか?

『幸福の意外な正体 〜なぜ私たちは「幸せ」を求めるのか』 (きずな出版)
ダニエル・ネトル(著) 金森重樹(監修) 山岡万里子(翻訳)
進化論、脳科学、社会学、心理学、経済学など、あらゆる分野の「幸せに関する研究結果」を紐解きながら、幸福の正体と幸せを手にするヒントを明らかに。

『死ぬときに後悔すること25』 (致知出版社)
大津秀一(著)
ほとんどの人は死を前にすると後悔をするという。終末期医療の専門家である著者が1000人を越す患者たちの吐露した「やり残したこと」を25に集約して紹介。儚くも、切ない思いが行間から滲み出てくる。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html

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