2025(令和7)年度 選考決定証授与式
博士号取得支援事業 選考決定証授与式の様子と、合格者の皆さんのインタビューをご紹介します。
懇談タイムにて、自身の研究概要と意気込みを発表。
博士号取得支援決定をうけて
足立 陽子(54歳)
東北大学大学院 農学研究科/宮城県職員(申請時)
【研究テーマ】 環境制御による花きの高品質・安定生産技術の開発
研究目的
宮城県職員として、主に菊やカーネーションなど花の生産振興に関わってきた足立陽子さん。県の研究所時代に取り組んだデータを活用して博士論文に挑戦している。菊は日本人にとって欠かせない花で、お盆、お彼岸、お正月など需要期が決まっている。需要期を逃すと販売単価が下がってしまう。農家は温室に暖房を炊いて開花のタイミングを合わせるが、近年、燃料代の高騰で撤退する農家が増えている。足立さんは、マリーゴールドの栽培で、EOD(End-of Day)-heatingという、日没直後にいったん温度を上げれば、夜に温度を下げても花が咲くという技術に着目した。菊で温度や時間を試行錯誤した結果、夕刻に16~20℃まで温度を上げれば、夜は10℃あるいはそれ以下でも良質の花を咲かせられることがわかった。燃料は20%近く節約可能で、農家の経営改善と同時にCO2削減にも寄与することになった。
合格のコメント
「父が医学博士だったこともあり、子供の頃から博士号をとって研究者になるという夢がありました。しかし学生時代、1学年下の夫が博士課程への進学を希望したため、将来の家庭の安定を考えて私は県職員として働く道を選びました。結婚後、夫は無事博士号を取得して大学教員となり、子どもたちも順次育って、この春で全員社会に出ました。私は退職して博士論文に専念することにしましたが、夫は恩返しのため非常に協力的で、本支援事業を見つけて紹介してくれたのも夫です。」
岩城 尚子(55歳)
大正大学大学院 人間学研究科/弁護士/臨床心理士
【研究テーマ】 紛争解決手続きにおける心理学の知見の活用の可能性について
―子どもの監護権をめぐる紛争における父母の心理的体験に着目して―
研究目的
岩城尚子さんは、弁護士として29年間、離婚や子どもの監護権をめぐる家事紛争を、当事者に近い立場で扱ってきた。しかし、調停や裁判によって、夫のDVから逃れたい妻が体調を崩したり、突然妻子に去られた夫が喪失感で悩んだり、依頼者が苦悩や心の傷をますます深める結果になることが少なくない状況を見てきた。そんな中、心理学での家族問題の理解や解決へのアプローチが、司法とは大きく異なることを知った。なかなか心を開かない子供から本音を聴き取ったり、カップルカウンセリングを通して解決に導いたりする手法は、今後の司法による紛争解決の選択肢を広げる可能性を感じるものだった。研究では、裁判やそれ以外の相談・仲裁窓口を利用した人の体験調査を通じて分析し、心理学的アプローチも含め、当事者や支援する人が、主体的に紛争解決手続きを選択できるよう、信頼できる情報提供を目指す。
合格のコメント
「弁護士の仕事をしながらの論文執筆ですが、幸いにも事務所の理解はあります。所長は、今の法律の枠組みや判例が絶対ではないと、自分がおかしいと思ったら変えていこうとする人です。私にとっては心理学が枠を打破するきっかけになると感じています。老年心理学では、人生後期にも独自の成熟や視点変容という発達過程があることを学びました。生涯学習開発財団は、その実践を導く素晴らしい取り組みをする財団だと思います。」
笠井 正志(53歳)
神戸大学大学院 医学研究科/
兵庫県立こども病院 感染症内科医/小児救命救急センター長
【研究テーマ】 GBS感染症による死産・新生児死亡/後遺症者数削減に向けた国内初の全国ゲノム疫学研究
―開発中妊婦GBSワクチンの日本におけるカバー率およびGBS伝播様式の解明へ―
研究目的
笠井正志さんほか医師、研究者がチームを組み、B群溶血性レンサ球菌(GBS)を全国の小児医療機関から収集し、ゲノム解析等を行う日本唯一の研究である。GBSは、生後3か月くらいまでの新生児に髄膜炎や菌血症(血液の中に細菌が入ることによる強い感染症)を引き起こす。感染すると死亡率は3%~10%。一命を取り留めても3割くらいの赤ちゃんに後遺症が出るとされる。もちろん世界的な医療課題であり、ワクチン開発が進んでいる。2030年を目処に日本にも導入される予定だ。今までも多くのワクチンが日本に導入されてきたが、問題点は、ワクチン接種が始まってから影響の調査が始まること。開発されているどのワクチンが日本の赤ちゃんに合うのか先に検討したい。そのためにも、ワクチンにより菌の姿が変わる前に、現状の日本のGBSを調査・分析する。感染症は、予防できれば救える命は多く、後遺症も防げる。
合格のコメント
「国などから委託されているわけではなく、研究費は不足していますが、重要性も新規性も高いと考えています。海外では治験が始まっており、日本もデータを出していきたいです。行政などとの共同プロジェクトでは、医師も学位がないと意見が通らない傾向にあります。次のパンデミックに備え博士号を取るよう、周りから強く要請されて始めました。3時、4時起きで研究の時間を作っていますが、もうすぐ日の目を見そうです。」
川村 法靖(64歳)
東京都立大学大学院 都市環境科学研究科
【研究テーマ】 伝統木造建築物の篏合型接合部を対象とした有限要素解析に関する研究
研究目的
総合電機メーカーで、半導体製品やパソコンの強度解析、堅牢性向上などに関わってきた川村法靖さん。退職後に旅行などで出会った伝統木造建築物に興味を持った。同時に、過去の地震でそれらが倒壊・損傷していることに心を痛めた。分野は異なるが、仕事で培った有限要素解析が、伝統木造建築物の耐震性や安全性の向上に寄与するのではと、大学院の研究生を経て2024年に博士課程に入学した。金物を用いない伝統木造建築物の継手や仕口など(嵌合型接合部)の変形、強度評価は耐震性を確保するうえで極めて重要である。しかし、それらの形状、寸法、組み合わせなどは多岐に渡り、実験のみに依存すると膨大な時間と労力が必要となる。本研究に応用する有限要素解析は、要素分割により形状や寸法への対応性が高く、変形、応力について高精度の評価が可能となる。先行研究が少ないチャレンジングな研究である。
合格のコメント
「本支援事業の面接の際に、予想以上に伝統建築の細部にわたって質問をいただくと思っていたら、元理事長の松田妙子さんが、71歳で伝統構法の研究で東京大学の博士号をとられたとのこと。存じなかったので驚いています。家族からは、やりたいことならと理解され、研究に専念できていて、ありがたいです。博士号を目指すというより、有意義な研究を結実させられたなら、当然博士号があると認識しています。」
窪田 顕子(55歳)
東京海洋大学大学院 海洋科学技術研究科/医学部受験予備校非常勤講師
【研究テーマ】 アニサキス主要アレルゲンの条件依存的分泌・発現メカニズムの解析
研究目的
釣りが好きな窪田顕子さんは、13年前、自分が釣った魚をお寿司で食べて、アニサキス食中毒になった経験を持つ。その時は内視鏡で虫を取り除いて治癒したが、その後、たびたび蕁麻疹が出るようになった。調べると、アニサキスアレルギーであることが判った。アレルギーはアニサキスが出す分泌物がアレルゲンとなる。人が食べた魚介に虫体そのものはいなくてもアレルゲンを体内に取り込んでしまうことがある。また、アニサキス食中毒の経験がなくてもアレルギーになる人もいるが、目には見えないので厄介だ。因果関係がはっきりせず、誤診も多いアレルギーのため、まず診断法を確立する研究も共同で行い、魚介類に残っている微量のアレルゲンの検出法にも取り組む。アレルゲン摂取を予防することで、安心・安全な食生活に寄与するとともに、自分が罹患しているアレルギーの治療やQOLの向上にもつなげたいという。
合格のコメント
「予備校では生物を教えています。自身のアレルギー経験と、これまで培ってきた生物学の知識を活かして研究に取り組みたいと思い、博士課程への進学を決意しました。予備校の繁忙期と重ならないよう、大学院は10月入学を選びました。実は、朝顔の栽培とコンテストへの出品を5年間続け、農林水産大臣賞を受賞した経験があります。毎朝早くから世話を続けられたことが自信となり、『博士課程の3年間もやり遂げられる』と思えたことが、進学を決意した大きな後押しになりました。」
堺 淳夫(67歳)
富山大学大学院 学術研究部 理工学教育部/北日本地質株式会社
【研究テーマ】 低温条件における土のせん断強度特性からみた氷期・間氷期サイクルによる高標高斜面の挙動
―巨大堰止湖はなぜ氷期に形成されたのか―
研究目的
堺淳夫さんは、地盤調査や斜面の地滑りの調査解析をする会社に勤務する。豪雨や大地震による地滑り被害がよく見られるが、斜面災害はどこでも起きるわけではなく、起きやすい場所があることが、長年の知見からわかってきた。斜面崩壊は気温の低い時期に多く発生する。0℃~-10℃程度の1日の気温変化、季節による変化、氷河期など長期にわたる変化などが影響する。40年前に偶然出会った山間地の堆積物は、氷河期の大規模斜面崩壊によってできた巨大堰止湖のものだった。気温が低い高標高、高緯度地域でも、水分が供給されることで斜面崩壊が起こりやすい。それらから、水の(水から氷へ、氷から水への)相変化が地質形成に影響することがわかってきた。通常の地質試験は25℃程度の常温で行うが、堺さんは、低温環境での現場岩石のせん断試験が有効と考え、証明に向けて取り組んでいる。
合格のコメント
「大学を卒業して以来ずっと、地質調査の仕事に携わってきました。就職して5年目のころ、中山間地斜面であり得ない氷河期の堆積物に出会ったことが、今の研究につながっています。会社が小さいので、人が辞めたりすると影響が大きく、大学に行けない時期もありました。また、震災が絡んで予算がつくと忙しいのですが、社会に貢献できる研究であることを誇りに、2027年秋の完成を目指して取り組んでいます。」
佐野 一郎(56歳)
東北大学大学院 工学研究科/タツモ株式会社
【研究テーマ】 DTB技術による、高歩留まりな半導体チップレット集積技術の確立
研究目的
AI時代の一大問題として、データセンター等での大量の電力消費が言われている。それを解決するとして期待されるのが、電気による情報伝達の一部を光に置き換える光電融合。佐野一郎さんが研究・開発するのは、光電融合実現に不可欠な極小・極薄チップで異種材料を接合するDTB(直接転写接合)技術だ。実用にあたっては歩留まりの高さも必要で、実現すれば世界的な電力不足問題を解決でき、社会貢献度は高い。佐野さんは半導体の製造装置メーカーに勤務。新しい技術を世の中に広げたいが、大手のような宣伝費はかけられない。しかし、学会誌でなら大手とも対等に訴えていけると考えた。海外ではメーカーの開発者も多くがドクターで、信用性や説得力を増すためにもドクターを取りたいと思っていたところ、現在の指導教官から声をかけてもらった。
合格のコメント
「会社でも初めての取り組みで、社長を含め挑戦を応援してくれています。授業に出る義務はないですが、先生や他の研究者たちとの議論は大切です。月に1回程度、岡山から東北大学に通うのは時間を要しますが、学会発表の前後に大学に行くなど工夫をしています。大学では乗馬部にも入って馬との接し方を学んでいます。好奇心を持ち、それを長く継続できるというのが、自分が研究者に向いているなと感じる点です。興味を深掘りしていると楽しいし、製品の開発過程は子供の成長を見るような思いです。」
庄司 保子(50歳)
富山大学 医学薬学教育部 生命・臨床医学専攻
【研究テーマ】 思春期女子のやせ願望に関連する心理社会的因子の検討
研究目的
週末には小児科医として働きつつ、大学院にて博士号研究に取り組む庄司保子さん。富山県で実施された子どもたちの集団データ(コホート研究データ)を分析して研究テーマに活かしている。小児科医として危惧するのは、摂食症発症の年齢がだんだん低年齢化していることだ。日本は痩せすぎ(BMI:18.5以下)の若い女性の比率が世界1位で、貧困ではないのに痩せすぎの人が多いというギャップが、公衆衛生上の問題となっている。その影響は、その後の生涯の健康にも影響し、出産時の低出生体重児の増加など次世代にまで及ぶ。決して太ってはいないのに、ルッキズムや周りの何気ない一言によって過剰に痩せたいと思ってしまうことが多い日本の女性。根底には自尊感情の低さなど複合的な要因が重なり摂食症という形で現れることもある。摂食症だけでなく思春期のやせによる健康問題を解決するために本研究を思春期の健康教育や支援体制の整備に役立てたい。
合格のコメント
「芸能人やモデルさんが過去の過剰なダイエットの悪影響を告白したり、ルッキズムへの懸念を発信したりしているのは良い傾向だと思います。若い女性の問題だけではありません。後期高齢者の女性は平均寿命は長いですが、健康寿命は意外と短いのです。若い女性と理由は違うとしても、低体重の影響によるものです。肥満と同様にやせ過ぎていることも健康への影響が大きいので、エビデンスの伴った情報を発信していきたいです。」
都賀 城太郎(71歳)
東京大学大学院 総合文化研究科/高校物理非常勤講師(申請時)
【研究テーマ】 19世紀ドイツ語圏における軍楽及び民間吹奏楽と近代日本の吹奏楽形成過程の研究
―お雇い外国人フランツ・エッケルトによる作品の楽譜復元と楽曲分析を中心に
研究目的
都賀城太郎さんは吹奏楽を長年続け、学校の部活指導のほかコンクールの審査員なども務めてきた。しかし、吹奏楽=ブラスバンドは各校に長く伝わっているものの、学芸というよりパフォーマンスと思われがちだ。このままではなくなる可能性も感じ、吹奏楽をきちんと学問的に確立する必要があると感じた。そのために注目したのが、1879年に明治政府のお雇い教師として来日したドイツ人、フランツ・エッケルトだ。エッケルトは軍の楽隊や東京音楽学校の教師として活躍。さらに明治天皇の母・英照皇太后の葬儀に際して制作され、明治天皇、大正天皇、昭和天皇の葬儀でも演奏された「葬送行進曲」や、「君が代」の西洋楽譜を作った人でもある。日本での西洋音楽普及に大きな役割を果たしたものの現在ではほとんど知られていない。そのため、学術的に評価をし、楽譜もきちんと復元することで、吹奏楽を学問とする基盤としたい。
合格のコメント
「ブラスバンドは、少子化や教師の働き方改革によって学校から消える危機にあります。スポーツには地域のクラブが多くありますが、ブラスバンドはありません。高校まで続けられた人も、大学や社会人ではオーケストラやジャズに転向しがちです。大人になっても楽しんで参加できる環境がないと、日本の吹奏楽は無くなってしまうかもしれないのです。学問としての確立や楽譜の復元・出版は、喫緊の使命だと感じています。」
中村 吉雄(53歳)
東京大学大学院 学際情報学府/
陸前高田市役所/岩手大学地域防災研究センター客員准教授
【研究テーマ】 AIを活用した音声型安否確認システムを用いた、住民ニーズにマッチした避難及び安否情報の伝達方法についての検討。
研究目的
中村吉雄さんの研究成果を具体的に知るには、「シン・オートコールシステム」をWeb検索してもらうのが手っ取り早い。大地震や豪雨災害の際、自治体は避難情報などの連絡を一斉に確実に行い、逆に住民の安否確認など状況を素早く把握する必要がある。シン・オートコールは、AI技術を活用しながらも、高齢者でも使い慣れた電話機の音声による双方向の情報伝達と応答確認を可能にしたシステム。平時でも特殊詐欺防止や高齢者の見守りなど、住民の安心と自治体の業務効率化に寄与する。現在、岩手県陸前高田市、石川県珠洲市などの大地震の被災自治体、さらに山形県、茨城県の警察などで導入され実証実験が進んでいる。東日本大震災から15年となった今年の3.11前後にも、新聞の全国紙やNHKニュースのコーナーで中村さんが紹介されていた。
合格のコメント
「私は兵庫県芦屋市出身で、22歳のとき阪神淡路大震災が起き、実家が被災しました。私自身は東京に出ていましたが、育った街が壊滅した姿を見て防災の道に進みたいと思い、修士課程でも都市防災を研究しました。13年前から陸前高田市に派遣されたのをきっかけに、かつて断念していた博士課程での防災に寄与する研究を進めたいと考えたのです。終業後に研究し、隔週で東京大学に通うのは大変ですが充実しています。」
山口 崇臣(51歳)
静岡県立大学大学院 経営情報イノベーション研究科/
薬剤師(病院勤務)
【研究テーマ】 「在宅での医薬品適正使用に関する標準的多職種連携モデル」の構築とその評価に関する研究
研究目的
現在の超高齢化社会での医薬品管理では、「多剤投薬」や「多量の飲み残し」の問題が顕在化している。国も対応を試みているが解決には至っていない。薬剤師の山口崇臣さんが先輩たちにその疑問を呈しても、明確な答えが得られなかった。それは単なる薬の知識の問題ではなく、医療の構造的な課題だったからだ。山口さんは医療マネジメントに特化した経営専門職修士課程にて、その本質を徹底的に探求した。博士課程に進んだ山口さんは、これまでされてこなかった経営学・社会科学的アプローチによって、「地域での医薬品管理に対応する薬剤師の医療介護職種との連携評価尺度(連携能力評価)」と「医薬品管理の職種間連携の行程評価法(連携行動評価)」のモデルを開発している。地域の人口、医療介護職種の偏在、患者個人の年齢や介護状況などに影響されず、すべての人が最適に医薬品を使用できる環境を目指す。
合格のコメント
「日本の医療が転換期を迎える今、現状に甘んじず、妥協なき提言と実践を重ねたいと考えます。現在の職場では、研究成果を導入する機会があり、それで生み出した時間を、さらに医療安全を担保する研究へ投資できる環境にあり、感謝しています。静岡の地を選んだのは素晴らしい恩師との出会いがあったからですが、本支援事業を知ったのは、2021年に本事業で博士号を取得された当院の先輩、芦川敏洋先生のご活躍を伺ったことが契機です。このご支援に報いるため、研究成果を地域医療へ確実に還元して社会実装に繋げたいと思っております。」
山上 紀子(55歳)
大阪公立大学大学院 文学研究科研究員/
西洋美術史・芸術史非常勤講師(大阪大学/関西学院大学/大阪芸術大学短期大学部)
【研究テーマ】 オディロン・ルドン芸術の起源と生成 ――自然・文学・社会・物質――
研究目的
象徴主義の代表的な画家オディロン・ルドン(1840-1916)は、クモや目玉をモチーフとした独特の図像や、のちのシュルレアリスムに通じる不思議な構図を特徴とし、モノクロームの木炭画や石版画から、色鮮やかなパステル画まで多彩な作品がある。その作風は、ルドンの幻想や内面の反映として理解されてきたが、近年、ルドンの制作記録を含む新たな一次資料が発見され、通説が大幅に見直されつつある。山上紀子さんは、海外の研究者らとも連携し、新資料を活用しながら長年にわたってルドンの研究に取り組んできた。目下、19世紀末フランスの、植民地主義、進化論、人種表象、処刑といった社会的・政治的主題が、ルドンの作品にどう反映されているかを検討中である。また、木炭やパステルといった定着しにくい画材をあえて多用した点にも着目。作品が時とともに変化していくプロセスそのものに、当時の社会観や死生観の変容を映し出し、その解釈を観る者に委ねたのではないかと分析する。
合格のコメント
「もっと早く論文を書けたのではないかと思うこともありますが、長年悩んだからこそ見えてきたことがあり、新たな資料とも出会えました。『研究の意義は継続すること』だと感じています。私の出身地にある岐阜県美術館は約260点ものルドン作品を所蔵しており、中学生の頃から親しんできました。その後、大学1年時に愛知県美術館で『オディロン・ルドン展』が開催され、モノクロームの世界と鮮やかな色彩の両方を操るルドンの作品に感動を覚えたことが研究の原点となりました。特に青いパステル画は鮮明に記憶に残っています。」
*敬称略
*五十音順、年齢は授与式当日
*「研究テーマ」は応募時のものです。
博士号取得支援 アーカイブ
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