博士号取得支援事業

2022(令和4)年度 選考決定証授与式

博士号取得支援事業 選考決定証授与式の様子と、合格者の皆さんのインタビューをご紹介します。

横川理事長からの挨拶に続き、張競選考委員長からも総評とともに励ましの言葉が伝えられた

6名の合格者一人ひとりに、選考決定証と助成金目録が手渡された

授与式後には自己紹介と自身の研究説明、情報交換も行われ、和やかな懇談となった

博士号取得支援決定をうけて

綾部宏明 (54歳)

京都大学大学院教育学研究科/アチーブ進学会 代表
2023年3月学位取得

【研究テーマ】 図表を活かして文章題を効率的に解く指導の認知神経科学的研究
Cognitive Neuroscientific Research for Developing Diagram Use Instruction for Effective Mathematical Word Problem Solving

綾部宏明
研究目的

現代の学校教育現場では、図表のような視覚表現の活用が重視されている。特に算数・数学の文章題を解く際には、図表の活用が有効であるとする証拠が数多く示されている。しかし、ほとんどの児童・生徒は図表をうまく活用できないのも事実だ。綾部氏は、それを児童・生徒の先天的な資質によるものとはせず、図表の作成、活用、推論のための知識とスキルが十分に教えられていないことが原因と考え、適切な指導法の検証と確立を目指した。図表活用指導の効果を検証するために、図表の使用や正答率などのパフォーマンスだけでなく、問題解決時の脳波や脳血流量を測定する神経科学的アプローチも行った。今後はコミュニケーションなどのより広い目的に図表を活用できるよう発展させたい。

合格のコメント

長年の学習塾経営において、児童・生徒たちと触れ合う中で体感していたことを学術的に検証し、より効果的な指導法を教育現場に還元したいと考えたのが始まり。学習塾の生徒やその保護者が岐阜から京都大学まで足を運んで実験に協力してくれた。博士号取得によって、研究を支えてくれた方々のご恩に少しでも報いることができれば幸いだ。今後は、産業界への貢献や若い研究者の育成にも取り組みたい。

大木由美子 (61歳)

青山学院大学大学院経営学研究科/出版者勤務、元経済誌記者・編集者

【研究テーマ】 創業者精神と現代経営におけるその正当性:ANA創業者・美土路昌一の事例研究を通して

大木由美子
研究目的

大木氏は、理念経営やアントレプレナーシップの研究者として、「大手航空会社ANAの創業者精神と現代経営」というテーマで、博士論文に取り組んでいる。同社創業者・美土路昌一氏は、敗戦により壊滅状態だった航空業界に還暦を過ぎてから身を投じ、67歳でANAの礎となるヘリコプター会社を設立した。経済誌記者としてANAを担当した経緯から、美土路氏の「現在窮乏、将来有望」という創業時の言葉が、今なお同社の経営指針として生き続けていることを知り、M.C.Suchman の Legitimacy Theory を核に学問的意味付けを試みている。ますます企業のあり方が問われる社会において、素晴らしい理念を持った企業を研究し、世の中に知らしめていきたいとする。

合格のコメント

60歳定年を迎えたとき、人生のシャッターが一つ下りた気がした。しかし、同支援事業の創設者で、71歳で博士号を取得した故・松田妙子さんの人生物語を読み、背中を押された。シャッター音を新しい未来へのカチンコ音に変えるのは、自分次第なのだと考えた。育ちも経歴も研究分野も松田さんとは異なるが、今回、選ばれたことを励みに博士論文に取り組みたい。

玉村 紳 (69歳)

大阪大学大学院文学研究科

【研究テーマ】両大戦間の日英両帝国をまたぐ経済開発
―越境する物、人、情報およびサプライチェーンの連関について―

玉村 紳
研究目的

第一次・第二次大戦間の日英貿易は、大恐慌後のブロック経済化による対立や自由貿易の衰退が進んだというのが一般的な見方である。しかし民間貿易では、両大戦間期にイギリスの植民地だった東アフリカとインド、そして日本を結ぶサプライ&コモデティーチェーンが構築されていた。東アフリカ産のマガジ・ソーダがアジア(インドおよび日本)に供給され、それを原料に製造されたガラス製品が日本→インド→東アフリカへと還流されていた。玉村氏は日英両帝国の枠組みを超えた民間によるサプライ&コモデティーチェーンの形成プロセスを解明することにより、近年の自国経済優先主義や大国の経済圧力を脱し、開かれたアジア・太平洋+アフリカの枠組み形成の可能性に示唆を与えたいとする。

合格のコメント

61歳で定年を迎えた際、若い頃にできなかった好きな研究をしたいとチャレンジ中。支援はケニアへの渡航調査費用に充てたい。出身地の三重県四日市市では、戦間期に輸入ソーダがガラス製造に使われ、また、陶磁器はインド、アフリカにまで輸出されていた。グローバルヒストリーとローカルヒストリーを統合した歴史研究ノート(中高生の副読本レベル)を完成させ、地域の文化・教育に寄与したい。

中本千晶 (55歳)

早稲田大学教育学部非常勤講師/文筆家
2023年3月博士号取得

【研究テーマ】 1950〜60年代の宝塚歌劇における取り組みの多様性
―<虚実><和洋>の相克から「タカラヅカ様式」の獲得へ―

中本千晶
研究目的

タカラヅカといえば「ベルサイユのばら」(1974年初演)があまりにも有名だ。ベルばらブームが起こり劇団を救ったとされるが、果たしてベルばらは神風だったのかという問いが研究の始まりだった。「少女歌劇」「レビュー劇団」だったタカラヅカは、1950〜60年代に驚くほどの試行錯誤をしていた。虚(レビューによる夢の世界)と実(ミュージカルが描くリアルな世界)、和(歌舞伎などの伝統芸能)と洋(ミュージカル)。<虚実><和洋>の相克によって「タカラヅカ様式」といえる独自性を育み、結実したのが「ベルサイユのばら」だった。それらを、月刊の機関誌『歌劇』や新聞、雑誌などを資料とし、時代背景、演劇界の動きも加えて証明した。

合格のコメント

タカラヅカ関連書籍を10冊以上世に出してきたが、博士論文はそれをまとめれば済むほど簡単ではなく、試行錯誤と学びの連続だった。学位取得を報告したところ「これでタカラヅカ博士ですね」と言われるが、魅力をきちんと伝えるきっかけにしたい。論文を通じて舞台に関わる人に訴えたいのは、舞台芸術は息の長いスパンで考えるべきで、今のありようが数十年先の栄枯盛衰を左右するということ。

平岡さゆり (53歳)

国際医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科/日本医科大学付属病院 認定遺伝カウンセラー(非常勤)

【研究テーマ】遺伝性腫瘍とともに生きる患者とその家族の疾患受容プロセスと支援に関する質的研究

平岡さゆり
研究目的

がんの約5〜10%を占める遺伝性腫瘍は、若年でも多重・多発しやすく、子への遺伝確率は50%と高い。就学・就労・結婚・挙児などのライフイベントにも影響する懸念がある。平岡氏は、当事者や家族の不安や苦しみを緩和する社会システムが必要と考え、それにつながる研究を進める。患者会の協力により、家族性大腸腺腫症(FAP)の当事者とその家族にインタビューを実施。疾患を受容しピアサポート活動に取り組むまでに至った経緯を、ライフストーリー法などで分析。FAP患者とその家族のレジリエンスを質的・多層的に可視化する。遺伝性腫瘍とともに生きる人たちが、苦しいながらも希望を持って生きられる社会構築につながる情報発信を行っていく。

合格のコメント

認定遺伝カウンセラーとして複数の病院で遺伝性がんの当事者と家族に触れ、医療だけではフォローしきれない多くの課題があることを感じた。遺伝性がんについては、アメリカの女優が予防のために乳房を切除したとのニュースにより話題になったが、まだ十分には理解されていない。論文を通じてより広く社会に伝え、多職種連携による支援体制の構築にも寄与していきたい。

山形 仁 (68歳)

東北大学大学院 加齢医学研究所 医科学専攻/医療機器メーカー勤務

【研究テーマ】認知症におけるオートファジー障害の病態解明と脳MRIによる超早期画像診断法の開発

名前
研究目的

認知症の約7割を占めるアルツハイマー病。その原因物質とされるアミロイドβを標的とした抗体医薬が、効果が不十分であるとして、承認後わずか1年で承認取り消しになった。本研究は、アミロイドβ蓄積の上流となる病態を解明する技術の開発と、それによる予防・進行抑制を目指すものである。アルツハイマー病の脳では、細胞内のクリアランス機構であるオートファジーに障害が起きている。オートファジー障害は、細胞内ゴミの分解を担うリソームの機能低下によることが主体で、それに伴い細胞内の鉄イオン動態が優位に変化する点に注目。その鉄イオン動態の動きをMRIで可視化する技術を確立し、認知症の診断、予防、治療に革新的な進歩をもたらすのが狙い。

合格のコメント

20代で工学の博士号は取得していたが、医療機器メーカーで医学部の先生らと共同研究をする中、子供の時から興味があった医学の分野で社会の役に立ちたくなった。67歳からの再挑戦を家族は大絶賛してくれているが、栃木県大田原市の自宅から仙台の東北大学まで月2回通う交通・宿泊費がかさむため、支援はとても助かる。おかげさまで、科学研究費助成事業のプロジェクトにも採用され実現できそうだ。

*敬称略
*五十音順、年齢は授与式当日
*「研究テーマ」は応募時のものです。

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