博士号取得支援事業

博士号取得者インタビュー

2011年度(平成23年度秋季) 博士号取得支援助成金授与

2021年2月 東京大学博士号(教育学)取得

民内利昭 さん (取得時59歳)

【論文テーマ】

歩行の質向上の教育可能性に関する研究 ―地面を蹴らない歩行指導を通して―

民内利昭さん

現在は定時制高校勤務のため選手を直接指導する機会は少ないが、全国の指導者から呼ばれて指導法を普及する。

日本人もウサイン・ボルトのように走れる。
その技術解析と指導法

約10年、がんばれたのは財団支援のおかげ

民内利昭さんは陸上10種競技の選手だった。大学卒業後は競技は引退し、高校教師に。1991年の東京世界陸上を観ていて思った。世界のトップスプリンターは自分が習ったのとは違う走り方をしている。その気づきが研究を始めるきっかけだった。
 自主研究や学校での指導を続けながら、2008年、東京大学の修士課程に入学。佐藤学氏(当財団主催シンポジウムにも登壇)の「学びの共同体」に共感し、そういう場で研究してみたいと考えた。実際東大は、データを見るのに邪念がない。他の大学ではこの研究は認められなかったかもしれないという。
 2010年に博士課程に進学。本支援事業の対象者に選ばれたのは翌2011年だった。休学も挟んで10年。ついに博士号取得が叶った。支援決定から博士号取得まで、これまで最長となる粘り強さ。
「同期で入学した社会人の多くの方は、断念しました。働きながら最後までがんばれたのは、財団の支援と励ましを受けたおかげです」

ウサイン・ボルトは蹴っていない

民内さんや日本の多くの短距離ランナーが指導された走り方は、前傾姿勢で前足のももを高く上げ、後ろ足を伸ばして地面を強く蹴る走り。1964東京オリンピック陸上競技のピクトグラムのイメージだ。スタート直後のこのフォームをいかに最後まで続けられるかが鍵と教えられた。しかし、スロー映像を見ると、カール・ルイスも、ウサイン・ボルトも、女子の世界記録保持者フローレンス・ジョイナーも、そんな走りはしていない。体は起きて揺れている。足は後方に伸び切らない。ももは高く上げない。なのに中盤から体がスイスイと前に進む。
 実は日本の速く走る理論と指導方法は、大げさでなく100年前のものなのだ。西洋式の走り方を日本に紹介した一人が、当財団前理事長松田妙子の大叔父・大森兵蔵だった。論文の参考文献にも『オリンピック式陸上競技運動法』(1912、運動世界社)が挙げられている。指導現場でさまざまな試行錯誤がされるが、理論化されなかったり、研究成果が実践で生かされなかったり、また外国人コーチの言葉が間違って伝わったりと、残念な経緯があるそうだ。

筋力に頼らずラクに速く走れる技術を検証

民内さんが東大で行った研究は、効率よく高いパフォーマンスを発揮する運動の仕方や指導の仕方。修士過程では効率的に「走る」動作を検証。博士論文では、あらゆる運動の原点になる歩行運動に焦点を当てた。検証には特殊なトレッドミルを用いた。左右別々に地面反力や筋電図が計測できる。
 ①被験者が従来からしていた歩き方 ②蹴る歩行(接地した足が体の下に来たら後方に蹴ることを意識)③蹴らない歩行(胸で体を引っ張り、接地した足が体の下に来たと思った瞬間に反対の足を腕振りと共に前に持って行くことを意識)
 結果は③蹴らない歩行が最もラクという被験者の感想とともに、データ的にも最も効率よく速い速度で歩くことができることを証明した。
 世界のトップスプリンターの走りを合理的に分析すると、胸で体を引っ張るイメージで、接地した瞬間に反対の足を腕とともに前に持っていく意識を持つこと。

指導した若者が続々と結果を

民内さんは、全国各地の指導者に呼ばれて、効率の良い体の使い方を普及してきた。3月に大阪で行われた2022日本室内陸上には、指導した選手が7人出場して、全員がB決勝以上に進出した。全国大会で優勝した複数名のハードル選手。体格は普通の小学生女子が、公認大会ではないが100メートルを12秒3の学童新で走った。ハンマー投げで大学進学後も記録を伸ばし続ける大学生。
 楽に効率よく体を動かす技術は、競技力向上だけでなく、学校体育や生涯スポーツにおいてケガを減らせるといった効果もあるという。

生涯学習情報誌 2022年6月号掲載記事より
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