生涯学習情報誌

日本の技

インタビュー8 竹工芸 藤沼 昇氏インタビュー 8 前編
竹工芸 藤沼 昇氏

作り手の人間性がダイレクトに表れる竹工芸作り手の人間性がダイレクトに表れる竹工芸

藤沼昇さんは、竹工芸で人間国宝に認定されているが、日本国内で作品に出会える機会はなかなかない。作品の90%以上が海外に渡っているからだ。藤沼さんの転機や、その作品の魅力を2回に分けて紹介する。

聞き手上野由美子

竹工芸 藤沼 昇氏
藤沼 昇氏
1945年
栃木県大田原市生まれ
1975年
竹工芸を始める
1986年
第33回日本伝統工芸展日本工芸会会長賞受賞
1992年
第39回日本伝統工芸展東京都知事賞受賞
1996年
東京国立近代美術館に〈束編花藍「気」〉が所蔵される
2004年
紫綬褒章受賞
2005年
ロサンゼルス日本文化会館にて個展
2008年
シカゴ美術館にてデモンストレーションを行う
2011年
シカゴ美術館にて個展
2012年
重要無形文化財(人間国宝)に認定
2014年
伊勢神宮に〈束編花藍「白連」〉献納
2015年
旭日小綬章受賞

欧州旅行で日本文化に開眼

――カメラマンになる夢が着実に形になっていった時期に、人生の大きな転機があったそうですね。

 はい。27歳の時に参加したヨーロッパ旅行で、シャモニーのスキー場から観た景色の壮大さと美しさは、カメラなんかでは人に伝えきれないものがあることを教えてくれました。さらに、パリのシャンゼリゼ通り、凱旋門、ルーブル美術館、ナポレオン時代の遺産などを目にしました。日本とは違う永く残る石の文化に驚くと同時に、自分達の文化に揺るぎない誇りと自信を持つ、フランスの人々の姿が目に焼き付きました。

――西洋文化の凄さに圧倒されたと。

 いいえ。感動はしましたが、日本だって負けていないはずだと思いました。日本人は高度成長期に西洋に追い付くことだけに目を奪われ、自国の文化をどこかに置き忘れていました。日本文化の素晴らしさをもう一度見直せば、日本人としての誇りを取り戻せると感じたのです。パリの街頭で見た人々に大いに触発され、日本の可能性を信じ、日本人になってやろうと決心しました。

――帰国後、日本文化を学ぶようになったのですね。

 はい、日本文化とは何かを徹底的に追求していきました。そんな中、目を向けたのが伝統工芸です。継承してきた日本人の心が凝縮されていると思えたからです。当時は市町村のカルチャー教室が隆盛の時代で、私も通ってみて、その講座の中に竹工芸があったのです。

生野祥雲斎の作品集に衝撃を受ける

――竹工芸を一生の仕事としようと決心したのは、何がきっかけでしたか。

 一冊の作品集との出会いでした。竹工芸で最初の人間国宝・生野祥雲斎(しょうのしょううんさい)の遺作集です。凄かったです。ひと目見て心が動きました。高くて当時の月給1か月分でしたが、つぎ込んで入手しました。それまでは、竹は日用雑貨のイメージが強かったんです。幼い頃から、周囲に笊(ざる)や籠(かご)などが当たり前にあったからでしょう。遺作集を見て、竹と人間には、こんなに凄いことができると驚きました。竹工芸に一生を捧げると決心した瞬間です。

――本格的な技術はどのように学んだのですか

 30歳で勤めを辞め、地元の竹工芸家・八木澤啓造の下で基本の習得をしました。道具の使い方、素材の見極めと扱い方、デザイン、染色、編組技法等です。1年半で独立させられてしまい、その後は、生野先生の遺作集がまさに師匠でした。アップの写真が多く、編み方もよく見え、真似て作ることで技法を体得できました。写真は平面ですが、影の出方で立体像が想像できるなど、かつての写真の勉強が生きました。

よい「気」を出せるのが作家

――竹工芸の魅力は、どういった所にありますか。

 竹は素材としてシンプルなので、作る人間の感性が作品に出るのです。私は「念」や「気」と言っていますが、作家の思いが、見る人に強い印象を残すのだと思います。技術がどんなに高くても、よい気を出せない人は、職人にはなれても作家にはなれません。竹には、見る人の気も投影されるので、好きな作品を聞けば、その人の今の精神状態などがわかりますよ。

――素材の竹は、ご自分でも山に入って採ってこられるそうですね。

 はい、創作する作品のイメージに合った竹を探すことも、工芸家としては面白い作業となります。竹は稲科の植物で、木材と草類との中間です。竹の作品作りの特徴のひとつとして、節を生かすことがあります。
 素材は、地元の真竹、篠竹、根曲竹など5種類ほどを使い分けています。かつて温かい地方の竹を使ってみたところ、柔らか過ぎると感じました。気質が合うのはやはり地元産だと思います。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

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