生涯学習情報誌

日本の技

インタビューインタビュー7 漆芸 小森邦衞氏インタビュー 7
漆芸 小森邦衞氏

漆は器の骨格をよく理解して塗る漆は器の骨格をよく理解して塗る

輪島塗の新境地を開いたとして、2006年に人間国宝に認定された小森邦衞さん。日本を代表する美術工芸品である輪島塗は、その美しさや何重にも漆を塗り重ねた堅牢さが人を魅了する。

聞き手上野由美子

漆芸 小森邦衞氏
小森邦衞氏
1945年
石川県輪島市に生まれる(本名・邦博)
1977年
第24回日本伝統工芸展入選
1986年
第33回日本伝統工芸展出品作「曲輪造籃胎喰籠」でNHK会長賞受賞(第36回展でも同賞受賞)
2002年
第49回日本伝統工芸展出品作「曲輪造籃胎盤『黎明』」が日本工芸会保持者賞を受賞、文化庁が同作品を購入
2004年
第14回MOA岡田茂吉賞工芸部門大賞を受賞
2006年
重要無形文化財髹漆保持者認定(人間国宝)
2015年
旭日小綬章受賞
公益社団法人日本工芸会常任理事・漆芸部会長

品格のあるものに仕上げることが大事

――人間国宝として認定される理由にもなった「髹漆(きゅうしつ)」とは、また数々の受賞作に冠される「曲輪造籃胎(まげわづくりらんたい)」とはどういった技術ですか。

 髹漆とは素地に麻布を貼り、篦(へら)で下地を6、7回付け、砥石、木炭で研ぎ、精製した漆を刷毛で4、5回塗り仕上げる技法のことです。地場産業の輪島塗は、下地付、地研ぎ、中塗、中塗研ぎ、上塗、呂色と完全に分業制で、仕上げは呂色と塗立(花塗)があります。私は曲輪造と籃胎の2つの技法を使って素地から作り、塗り上げ、仕上げは花塗という漆本来の艶を大切に生かす技法を用います。41歳で第33回日本伝統工芸展で受賞した時、曲輪造と籃胎の特長を生かした作品が評価を受けたものと思っています。2つの技法を使い作品として完成させているのは、私だけではないでしょうか。いかに品格のあるものに仕上げるかが一番大事だと思います。
 曲輪は檜や档などの木材を柾目に沿って割り、2~6mmの厚さに製材し、それらを2重から5重に組み合わせて漆器の素地とします。それを曲輪造といいます。
 籃胎は真竹を削いで厚さ0.2mm、幅を1.5~2.5mmまで作り、器物に合わせ網代(あじろ)に編み込みます。網代の技法は三本網代、開き・閉じ網代、さらに花網代等があります。竹を素地に使うことにより、狂いの少ない丈夫な漆器が生まれます。

――竹を編んだ目が模様となって浮き出ていますね。

 これが網代の技術です。例えば幅の違う竹ひごを編んでいくと波の文様になります。竹は丈夫で軽く変形しないため、古来から使われており、正倉院の御物にあるほどです。色彩も含めて加飾の過ぎた作品にありがちなしつこさのない、飽きのこない上品さが表現できます。もとは網目を塗りつぶしていたのですが、編み目をデザインとして活かす方が面白いのではと、ひらめいたのが30代半ばのことです。

網目の波の模様は幅の違う竹ひごを編んでいる。

曲輪造の縁の部分は右のような構造に。組み上げると角度によって朱と金の面が違った表情を見せる。

人間国宝 松田権六先生との出会い

――漆芸に進むきっかけや転機はありましたか。

  中学を卒業後、和家具を作る仕事に就きましたが、体が小さくて箪笥を担いだりするのがきつく、何か他の仕事はないかと探しました。その時、輪島塗の「沈金」という作業を見て、これならできそうだと、仕事後の夜間だけ通い始めたのがきっかけでした。しばらくして弟子にならないかと誘われ、昼間の仕事を辞め弟子入りをしました。3、4時間ずっと座ったままの作業が多いのですが、それが苦でなかったので、性格的に向いていたというのもあります。
 20歳になる頃に地元に輪島漆芸技術研修所が設立され、私も師匠の勧めで2期生として入所しました。そこで人間国宝の松田権六先生と出会ったことが、大きな転機となりました。松田先生は漆器は輪島塗だけではないことを様々な形で教えてくれました。漆塗りの基本は素地が良い形・良い骨格を持っていて、そこに漆を塗っていく「いい着物を着せる感じ」と言われました。最後に沈金なり蒔絵なりで化粧し、漆器という塗り物になるわけですが、「大事なのは化粧ではなく骨格、それがあってこそ着物をきちっと着せることができる」と教えてくれました。器物のデザインをよく知って漆を塗ることが大切だと指摘したのです。40数年前のことですが鮮烈に記憶に残っています。この言葉で私の漆器に対する見方が変わり、独自の作風をめざそうと決心しました。

全国各地から来る弟子を漆芸家に育てる

――お弟子さんが作業中ですが、地元の方々ですか。

 輪島漆芸技術研修所の卒業生で、現在5人の弟子を育てていますが、輪島の人は一人もいません。全国各地から来ています。輪島塗には細かく言うと100くらいの工程があり、通常の工房では分業します。しかし私の工房は、漆芸家を育てることだと思っていますので、弟子が4年をめどに年期が明け、独立して、自分で一通りできるように指導しています。

――今後の漆器やご自身の作品へのお考えは。

 漆芸品は世界に誇れる美術工芸品ですが、現在の日本人の生活の中で使われているとは言いがたい状況です。需要がなければ大切な技術は途絶えますし、それらを作る道具や材料も衰退していきます。子供のうちから漆器の良さや美しさを実感してもらい、大事に扱ってもらうことは、子供たちの教育にもなると思います。

――そうした未来につなげるアイデアは。

 いまもずっと作業の音だけが聞こえていますでしょ。ラジオも音楽もかけません。仕事の音だけ聞きながら夢中で作業している時が、一番アイデアが出るんです。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

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