博士号取得支援事業

博士号取得者インタビュー

2012(平成24)年度 博士号取得支援助成金授与

2023年3月 東京大学博士号(工学)取得

丸山穗波 さん (取得時75歳)

【論文テーマ】

室町時代から江戸時代における将軍の催能の場の形成史

丸山穗波さん

夫も子供も研究者という丸山さん。建築事務所を営みながら研究を続けた。

歴史研究で重要で最も楽しいのは、真実を見抜くこと

松田妙子と同じ指導教官に注目された仮設建築

 日本女子大学住居科出身で建築設計の仕事に就いていた30歳時の丸山穗波さん。建築家向けPR誌の編集に携わり、興味深い仮設建築に出会った。それは江戸時代から昭和初期まで和歌山県新宮市の川原にあった木造の組み立て式住宅の集落だ。大水が出そうになると解体して、高台に揚げる。水が引くとまた元の場所に集落をつくるのだ。当時まだ数棟の川原家が実在していたので、自ら取材して記事にし、写真や図面にも残していった。
 その後も、日本の仮設建築について論文を書いた。それに目を止めたのが東京大学工学部の藤井恵介教授(現・名誉教授)、当財団元理事長の松田妙子が博士論文を書いた際の指導教官でもある。
 「藤井先生の学部研究生にしていただいた際、教授から財団の支援事業を教えていただき、挑戦を決めました。私の研究が博士号取得の可能性があると、藤井教授が示唆してくださったことに感謝しています。室町時代に猿楽(能)の仮設舞台が将軍邸や興行場に成立し、江戸時代には幕府の政庁の最も公的な儀礼施設に常設されました。このため将軍に関わる催能の場について能舞台史、住居史の側面から研究することにしました」

将軍が時代を超えて猿楽を重用した理由

 室町時代に最高権力者となった足利義満が、天皇への饗応として猿楽を催したことから、政治的に有用な楽として認識され、六代将軍義教のとき幕府の公用の楽とされ、年中行事として将軍邸に猿楽が催された。室町将軍は領地や役職の補任を行う権限を得たため、公家・大名からの御礼としての謁見・対面は最も重要な儀礼だったが、身分に従い同座する猿楽の場は、多人数との直接同時対面の場となり、支配に有効だった。戦国時代も能は武士や公家に人気を得て大名間の交流や和議、将士の慰安、新政権の披露の場などに上演され、武家儀礼として継承された。秀吉、家康も太政大臣となり、内裏で能を催し、大名を集結させるため能を催した。江戸幕府は、最も公的謁見の場として江戸城本丸表大広間を設けて、南庭に能舞台を常設した。将軍は将軍宣下などの儀式の後に、全国から公家・大名・幕臣および町人の代表2250人を集合させ対面して、遠来の諸氏への慰安として能を催した。
 義教・義政の将軍邸では寝殿南庭や、対面所西向松御庭で能が行われ、舞台は屋根がある高床式、脇座・後座・鏡板はなく、入口の門を楽屋として舞台背面に橋掛が架けられ、周囲の建物を見物席としていた。16世紀初頭には橋掛が右構であり、慶長12年の江戸城内の勧進能舞台に後座・脇座・切戸口が見られ、寛永14年の江戸城には建築形式の確定した能舞台が常設されていた。

将軍が主催した勧進能

 勧進興行は寺社などの建設費募金などのために芸能を催すもので、世阿弥の頃興行場は円形桟敷の中央に舞台が建てられ、楽屋と橋掛で接続されていた。室町将軍は勧進猿楽を主催し、公家大名に桟敷を割り当て勧進の寄付をさせたが、有力者が揃う仮設劇場は、将軍の勢力を誇示する場であった。家康も自己の健康を示し、大坂の役に備えて勢力を確認するため勧進能を催した。その後江戸城内に催能の場を設けてからは将軍の出座はないが、江戸後期の幕府能大夫の興行は江戸で四度行われ、仮設建築とはいえ9千人以上が入れる巨大な野外劇場もつくられた。この施設は将軍が主催して、城下(江戸)に住む大名や町人がその費用を負担(臨時課税)し、身分序列に従った席次で一堂に観能するという、一劇場を超えた、国家全体の制度そのものを建築化した施設であった。
 幕府は将軍邸や興行場に公家武士および町人を集合させて華麗な能を見せ、将軍による圧政ではなく、将軍を頂点とした幕藩体制による国家の安泰を示したのではないだろうか。

10年がかりの学位取得でさらなる探究心

 博士論文は室町時代から江戸時代を扱ったが、その前史を含めて、日本史、住居史、能楽史、劇場史を総合的に理解する必要があり、時間がかった。研究を始めた45年前は手書きであったがパソコン入力へ、映像や写真の記録もフィルムからデジタルに、研究の発表にもZoomなどが用いられるように変化した。
 今後はまず、今回の博士論文では詳しく触れていない将軍邸の変容について研究したいという。
「フィールドワークでは多くの人と出会い、長いお付き合いとなっています。文書の研究になってからは、時空を越えた執筆者との会話が楽しくてなりません。論文の査読をしてくださった6人の先生も、鋭い良い質問をしてくれました。それで新たに資料を探すと、東大の史料編纂所は、探している資料に加え関連した別の資料も教えてくれたりするのです。ですからテーマは尽きず、いくら研究しても足りない思いです」

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