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3. 思考の幅 3. 思考の幅

 ふと考えた。「鬼の学び」などという大仰なタイトルを掲げさせてもらったが、そもそも学びとはいったい何なのか。

 学びには主に「知ること」、「考えること」、「思考の幅を拡げること」の3つの面があるように思う。サッカー少年だった私はよく物事をスポーツになぞらえるのだが、知ることは筋力をつけること、考えることは技術を習得すること、思考の幅を拡げることは柔軟性を高めるストレッチのようなものだ。この3つをバランスよく鍛えることで、学びは深まっていく。

 ところが、日本人の口から発せられる「学び」という言葉は、多くの場合、「知ること」と「考えること」を意識したものであって、思考の幅を拡げるという面に考えが及んでいないように感じる。日本は教育制度からして、良質の官僚や社員を育成することを目的としている節があるので、必然的に知識を増やし、思考力をつける教育に主軸が置かれ、思考の幅を拡げることはないがしろにされるのだ。幅を拡げることは批判精神につながりかねないため、むしろ疎まれる傾向すらある。

 学びについてこうした思いを持つようになったのは、大学生のときだった。テレビ朝日「朝まで生テレビ」で、誰だったか出演者のひとりが「日本人はもっと思考の幅を拡げるべきだ。そのためには日経、読売、朝日、毎日、赤旗、産経新聞の新聞各紙を読めばいい」と言っていた。それぞれ経済、中道、リベラル、保守を代表する6紙である。なるほどと膝を打った私は、さっそくその言葉に倣った。結果、たしかに思考の幅が拡がった。

 それから暫くしてイギリスに語学留学をするのだが、何でも見てやろうという気持ちが強くなっていたので、前回も触れたように、その前後に世界40カ国を旅して回った。この旅こそ真の学びの場だったと、いま振り返って思う。私の思考の幅などまだまだ狭く、しょせん日本人の考える範囲内だと思い知らされた。世界の人たちの考えは、さらにその外にあったのだ。

 例えば、喜捨を得んがために自らの子の腕をへし折るインドの親を見たとき。日常会話を楽しみながら、壁も仕切りもない便所で躊躇なく排便できる中国の人々を見たとき。銃を持つことが法で正当化されている国家アメリカで本物の銃を見たとき。四六時中テロの危機にあるイスラエルで、ライフルを肩に下げ「国家を守る」と真剣な目で語るユダヤ人と対面したとき。サッカー観戦のためだけに生きていると言っても過言ではないイギリスのフーリガンと話したとき。銃で政権を倒すことに人生を賭けるパキスタンの反政府ゲリラと出会ったとき。ウォッカが体から抜けることのないロシア人の酔っ払いと語り合ったとき。隣国が戦時下にあり、いつ戦火に巻き込まれるやもしれぬ恐怖に怯えるマケドニア国民と話したとき。大麻を育てているタイ山岳地帯のカレン族の村を訪れたとき。

 日本にいては決して知ることのなかった世界を目の当たりにして、自分がいかに小さな箱の中にいたのかを知るに至って、思考の幅を拡げるには海外のことを知らなければならないと痛感し、以来、できるだけ海外のメディアを読むようにしている。最近では言葉の問題も、多くのメディアがネットで日本語版を発行しているので解決している。以下に挙げるのは私が好んで読んでいる世界の5紙だが、すべて日本語で読める。

BBC (https://www.bbc.com/japanese)
イギリス公共放送の日本語サイト。イギリス国内に留まらず世界中で観られているテレビ番組だけあって、もっとも平等に世界を伝えている。ステレオタイプな視点はない。

朝鮮日報(http://www.chosunonline.com)
韓国最大の発行部数を誇る『朝鮮日報』の日本語サイト。韓国の幅広いニュースを届けている。韓国の社会全体が日本を強く意識しているのが分かって面白い。

人民日報(http://j.people.com.cn)
中国、というより、中国共産党のメディア。プロパガンダと言われる。確かにそうなのだが、プロパガンダだとわかったうえで読めば特に害はない。むしろ日本のメディアのほうがよほどプロパガンダだと思うことさえある。

スプートニク(https://jp.sputniknews.com)
ロシアの通信社。Voice of Russiaを前身として2014年に設立された。東西冷戦は終わったが、日本は元々西側国家の一員。敵対していた東側の中心的存在だったロシアの思考は、今でもかなり興味深い。

ウォールストリートジャーナル(https://jp.wsj.com)
 WSJはアメリカでも知識層が読む、かなり良心的なメディア。もちろん視点はアメリカ寄りだが、リベラルなのでアメリカファーストではない。

(WSJ以外は無料)

 それでは、ここで実際に読み比べてみよう。最近の日本関連トピックといえば、やはり全米オープンテニス2018での大坂なおみ選手の優勝だろう。

 まずはBBC。一般的にテレビというのは、新聞に比べて深堀りしないメディアだ。しかしBBCは違う。しっかりと分析を加えている。まず、大坂なおみのストレート勝ちを報じ、セリーナ・ウィリアムズのスポーツマンシップに反する行為にさらりと触れ、大坂は日本人とハイチ人のハーフでアメリカ育ちであることを伝えている。次に、安倍首相のツイッターを画像で載せて、どう賛辞しているかを伝え、日本で最も発行部数の多い読売新聞の「コートでの強さと天真爛漫さのギャップが魅力」というコメントも紹介している。続けて早稲田大学の松岡宏高教授の言葉を引用し、国際結婚が増えた日本では、その子供がスポーツの世界で結果を出すようになったとして、陸上のケンブリッジ飛鳥、野球のダルビッシュ有、柔道のベイカー茉秋などにも言及している。

 次に朝鮮日報だが、さすがはロマンチック映画大国、かつ世界一教育熱心な国だけのことはある。大坂の両親が日本でどのようにして知り合って結婚したか、どういった子育てをしてきたかに重点を置いて報じている。記事によると、「2人は大阪市内の英語学校で知り合って結婚、娘2人に恵まれ、次女のなおみが3歳の時に米国に移住した。『なおみ』という名前は国際的に活躍できるよう黒人のスーパーモデル、ナオミ・キャンベルにあやかって付けたという。両親はリビングルームをテニスコートのように飾り付けて子どもたちを遊ばせていたが、大坂が才能を見せるや思い切って米国移住を決心した。父親は米国で有名テニス選手たちの試合の雑誌やビデオを入手して自ら指導した」とのこと。

 人民日報もまたさすがと言うべきか、大坂なおみは「グランドスラムの女子シングルスで優勝を勝ち取ったアジアの選手としては中国の李娜選手に続いて2人目」だそうだ。あくまでも中国人が初、日本人は2番めだということだ。ほとんどの日本人は知らない情報だろう。

 ロシアのスプートニクは「だが、注目を浴びたのは大坂選手の優勝ではなく、審判に暴言を浴びせたS・ウィリアムズ選手のヒステリーだった」と、まずは嫌いなアメリカをやんわりと批判。次に「大坂選手は、コートに入ったらS・ウィリアムズ選手のファンではなく、ただのテニス選手になるが、試合後にS・ウィリアムズ選手とハグした時には、同選手に憧れていた子供の頃の気持ちになったと語った」と、日本人である大坂には好意的ともとれる報じ方をしている。実は、東西冷戦の間、日本にはソ連(ロシア)の情報はほとんど入らなかったが、実はけっこう親日であることがスプートニクを読んでいれば分かる。アメリカよりよほど親日的だ。

 最後にアメリカの代表、ウォールストリートジャーナルだが、経済紙だということもあり、特段の言及はなかった。第一、アメリカ人は我々が思っているほど日本人に興味を持ってはいない。日本など、アメリカにとっては数多ある諸外国のうちのひとつでしかないのだということが、こうした扱いの中からもうかがい知れる。

 いかがだっただろうか。ある特定のトピックについて、世界ではどう報道されているかを知る面白さが伝わったなら嬉しく思う。
 思考の幅を拡げるストレッチとして、ぜひ皆様にもお勧めしたい。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html

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